枝垂葉
……連なる夜の刻限の辻と辻とが重なる路地裏を影法師は飛び出た肢体を道に先ゆく標として四方八方へ伸ばし開いた細い足が叩く両脇に迫る塀は頭を遙かに超えて高く揺らめく桔梗が風に吹かれて流れ着く錆びた柵に囲まれている門前は深閑とした邸宅の壁に絡まる銅の蔦を千切れば崩れるほどに乾いた葉は手にはりつく翅をひろげ跳んだ先へ塀の内に繁る小さな森が天を覆う枝を伸ばす梢の真下から箒で地を掃く無感動な規律ある音が響く闇に仄白い腕が柄に沿い現れた静けさは月下の淡い帯に顔を撫でられて姿を見せた御方は青い若枝のしなやかな手元をひたと据えた円形の葉が飾る柵から朽ちて落ちると地に砕けた屑が夜風にさらわれる足下を眺める青い御方は領地である邸宅の瓦解した内臓を晒す廃墟に明るく月の光が降り注ぐ部屋と廊下の床は黒々と鏡面に磨き上げられた夜空が映る錯乱した夢の所存が漂う香りを何かの花と気付いた頃に過去は露と消えつつ連綿とつづく無自覚な歩みを祝福されるべく今まさに沈黙のまま知らず忌避していたものたちが狭間から視線を寄越す鮮やかでより単純な残像の流線にかき消されて存在が見え始める三角や四角や丸が群れて成す幾何学模様も巧みに万華鏡の変化も自在な喉でこっそりと空虚な音の節を関節に繋ぐ血管が張り巡らせた輪郭に冴えた血の椿がぽとりぽとりと柔らかく落ちたる首で埋める地を横たえた言の葉はかろうじて人と人が地続きのままの姿を忘却しているとしても項垂れた首はしとやかに床に伏せられた青い御方のまなざしは焦点を結んだ黒真珠の実を簾睫毛が縁取る瞬きの湿りを振りはじいて没する口調でお掛けくださいと言う声には何者よりも遠い過去から知っている者同士が労りあう甘くも胸に針を刺す枝が屋根のかわりに天井をひっそり覆うささやきを交わす間に雲と葉陰をすりぬけた月が手元に点けた灯火にかすむ眼は揺れる橙色に浮き上がる形あるものの曖昧な輪郭を曖昧のままに際立つ新たな姿が部屋の隅の暗闇から斜めに生えた地蔵は朱の頬被りを羽織った手を合わせておられたのを青い御方は合掌を返したところで地蔵は頬を蝸牛よりも粘っこく吊り上げた厚く小さな口唇から並べるお客人は久方のどこから来たかと思えば寄る辺ない葦より軽い根無し草の情と交えて拝んだものがなんたるやと知らぬが仏の道祖神に相まみえた逢瀬の傍らで己の底がおどけあう夢も現もわからぬままの光景を共に眺めてゆく末にしゃくり嗤う背後で陰惨な面を見遣った青い御方は懐から柿の葉の包みを差し向けられた掌に渡された地蔵は腰をかがめて金壺眼を蒲鉾型に固めたままに闇の中へと引き下がる衣擦れの耳朶にこびりつく振る舞いを責める者は誰一人としていないことはひび割れた壁の前に活けられた無の花瓶がその口を引き絞る緊張をゆるめる青い御方をとりまく風が綿毛を飛ばして行き場がないのですと呟く綿は石の繊維と種を回す空中に留まる長く霊の裾を引く指を唇にあてて静かにと身振りを示すとどこからともなく横笛と三絃を弾き叩くは鉦の乱打が迫り戯けるちんどん屋の昂揚と哀愁の入り交じる高音には目的無き道へ誘う夢幻導師の濁ったぼんぼりの赤い舌をちらつかせ三ツ七ツと高い塀の上をけたけた揺れる列は静寂ばかりの真夜中の催しであるのに近隣の家々は誰もが眠っているのかちんどん屋は夢の先導の手をゆるめずに異形のとぼけた音色を賑やかに寂しい空元気を吹く笛を鳴らすあれは底抜けた弔いの行進が稀に通る他の道をただ歩き去るだけのことも嫁入りや大名も通りすがりますけれども久しく見ない有り様ですと途切れがちながらも言い終わるまで背を預けた椅子は天鵞絨張りの簔を裏返した刷毛の密生するしじまを深く色づく猫足のひとりがけ椅子に座る青い御方は片足のつま先で床を軽く叩いて脈絡もなく猫がいたのですと語り出した説話の隙間風に似た囁きに言葉の飛び石を跳ねて波紋をつくる床を繰り返しそのつま先で打ち言うこの下ですと今は元の色も霞む絨毯を器用に足で捲った下の丸い穴の淵は木目が流れ落ちる楓の蜜の垂る穴にかざした掌に触れる静かな呼気を猫だと青い御方は手に顎をのせて穴の底に猫がいるのかと前のめりになり覗く穴から聞こえる音について猫はあの毛並みがよろしい房で近辺を奴らの習慣にて出入りをするものですから人よりも家につくものですし芋虫が穴から頭を出すよりかは温血動物特有の生ぬるく優雅な鼻先を出して煮すぎた粘度の体を擦るうちに板の縁は研がれて毛の脂も艶磨きとなり海底に空いた瑠璃の穴を地上でも作ったものですから奥は底知れず何匹の猫が潜むか不明でありますが少なくとも一匹は高天ヶ不動の坊主に出入りする猫を預けてからも懐かしくそのままにしているのですと穴にかざしていた影法師の手をつま先に載せて払い身を引き椅子に腰掛け直す純真に至極当然であるという振る舞いからは高天ヶ不動が近辺にあることも当然にのぼり旗が立てられていた通りがかりの路にも猫が鳴く穴にはまだ居るのかと噛まれるかもしれませんからあまりお近づきにはなりませんようそのままでいらっしゃってくださいと穴の上へ椅子の傍らから摘んだ狗尾草の黄色い房を振れば床下から木板を削る後に縞模様の毛玉が這い出た床へ広がった毛深い鍋敷きを指差してほら猫でしょうと愉快に微笑ったが尖った小さな犬歯と血の気のない面には寄る皺の筋もなく微笑って見えたにも関わらずその微笑みがもたらしたのは緊張と奇妙な可愛らしく恐ろしい居心地の悪い親しみが目尻と心に茨の棘で撫でる痛みを残す情をくすぐる毛深い鍋敷きに四肢が生え始めたのがどの瞬間からだったか知れないがあれよという間に短く太い尻尾と同じくふっくらと丸い足を床へつけて歩き回る動きは拙く不格好にもつれ転びかけるのでつい手を差し出した影法師の紫と緑と紺と墨の色である手の甲に引かれた赤い線が爪で傷をつけられたのだと自覚するまでしばらく痛みは遅れて追いついたことを思い出した時間の後方は謂わば頭蓋骨の彼方からあらわれた月光が半壊の屋根を照らす光景は過去を向き現在に到達する双方向に広がる傘が回る滑車のうちであるのだろうと膨らんだ血の玉が赤黒くなるにつれて凝固は影と馴染む息づかいの失せる予感が玉の転がる前にハンカチーフに抑えられて羽毛の手触りのやわらかな白く薄い綿布ごしに影法師の手は先から冷たくなるとは不可解だが輪郭が強張ってゆく腕の下方で鍋敷きが刷毛の尻尾を逆立て二人を見上げるので怖い顔をしないでおくれと判別のつかぬ鼻面へ当てずっぽうに眉を寄せ困ったふうを装ってみると鍋敷きは短い足を踏ん張りながら出てきた穴の淵に重い油の溶ける刷毛の液が吸い込まれた床に絨毯をすかさず均す優美な舞いの片鱗を丁寧に折り畳み紫陽花の手鞠が群がる球体の猫は梅雨頃に掬ったときは日暮れ前の臙脂色の可哀想なみすぼらしい縮れた体毛を梳いてやるうちに毛並みの奥は漆黒の和毛をしているらしく星こそ瞬かずとも真夜中に深い眼が八つも隠れていたがやがて変わりましたと青い御方は物思いに耽る俯いた頬に影を落としに月がまた雲間から横顔を覗かせて盛んな志気を掲げだしたので影法師は口をきくなり猫か猫の三角形の耳は丸くても猫かと言い包んだ言葉が鞠となって滑稽な間合いを跳ねてゆるやかに止まると巻かれていた糸が弾けるやお天道様の御来光が部屋に一本の道を照らし出した真っ直ぐで嘘偽りない暴力に潰されかけた眼を細める夜であったのに最もらしい事を言ったからと示された道はあまりにも燦然と輝かしく歩むには身も心も怖じ気づく自らを憚らぬ絢爛たる光彩の彼方の真白な見晴らしに手招きする人が後光を背に御座す一同はひとりまたひとりと集い各々に会釈を交わすばかりで装った高貴の繰り人形も衆人に在る限りは誰しもが影法師をその足下に飼い慣らした無己の人の浴びる眩い明けを胸元に受けて微動だにせず青い御方は陽光に透けることのない深みに点る存在の灯を超然と佇む逆らいがたい確かなものを骨肉の籠の内に篭もらせたまま姿をようやく守るしなやかな硝子細工の末梢を脳に結ぶ像は偶然に人というその形を知る傲慢から判別を試み頓挫した記憶からさも自分が砂を払った二枚貝を割って螺鈿の意図なき虹を発見した名を与えようと秩序の潮流を濁す形が分断しているのは我が身だとは思わない身体の裏返る臓腑に任せる背を追い立ててくる現象のおぼろげな手触りに馴染む青い御方の花の残骸を振り返った片頬に差す甘い臓物を撫でる香りが掠める流れの絶え間なく去る軽やかな声も葉の擦れ合いに脈の先の滴までもがかつて刻まれた裏返しの肉叢に巡る鱗を羊雲や鳥や蟲らのかなしい姿の者々がまだらな大群から迷子になった個体を千に万に辿る霊妙な方々の運命はさぞや奇想であろうと思し召す智慧を薄紅の藤の若木に皮下の細い枝分かれが朧に浮き上がった横顔の舌根がほどける間際を影法師の眼前で這い現れた厚い粉ふきの求肥的な巨頭のかたむぐりは四つ這いの足底や掌を地に吸い付ける雑巾じみた布を腰に吊っているが関節の皺に挟まる布きれはまるで剝きかけの果実は丸々と頬張り膨らんで垂る脂が照る鼻をゆっくりと首を天に対し垂直に拵えた面の突起である鼻は鯉に似た口唇と呼吸を合わせて歪な蓮根の穴を開け閉じし吹く喘ぎはあぶく混じりであるので影法師はその身に投射もせずに肩を揺らし嗤う声が聞こえたのか口を半ば開けたまま静止したかたむぐりは体が石から削られてくり抜かれた三つの穴が俯く三角形に並んだうちのアーモンド型の穴に嵌められた種の眼球は瞼に半分覆われたその薄皮が翅を震わす膜を張っては捲る白眼をむいたまま焦点の合わない黒眼が乱気流にのる風見鶏の教えに従い矢鱈な方向へ飛ぶいきものというよりも回路の切り替えが壊れた玩具のはみ出る舌に穢が照ると同時に肩から平衡を崩して引っくり返り腹を見せた蟲のふくらはぎの肉と筋の脚で叩いた床に表を天に落ちていた手鏡の亀裂が長く細く糸となる氷の軋む密なる音がだらしなく間延びした末に鏡は鋭利な破片となり床に散ったそれを避ける手足を暴れさせながら部屋の隅へ向かおうとするが青い御方の華麗なつま先に腰の布きれを踏まれて逃げられずに狭い柵で囲う目縁の内を黒い小さな粒の目玉が右往左往する越えられない冬を間近に地に裏返る昆虫が多肢を遮二無二あの肉の弛みのない敏捷な蠢きをする態を彷彿とさせる憐れみが青い御方の足をそっと退けさせた途端にむぐりは瓦礫の裏へ跳ぶ逃亡を影法師が自身の背後という今生に誰も指すことをしなければ定義もない暴れる四肢を杖に渡り歩く島々に残る痕跡が影に溶け込むああいったものたちがいつ自らに手を伸ばしてくるのか予想もつかぬ形には抗いがたい支配者の力が叩き割った鏡の破片の魔除けの呪力を無防備に晒された屋根のないこの場所は天体という大いなる格好が覗き込む箱庭の外で既にたなびく雲を着飾る太陽のわざとらしい造った破顔一笑を照らす背景にはこぼれる笑みの恩恵を受けようと月が追いかけたが自身もまた同じく笑い光ることを地上の鏡が映した為に天に昇った朝焼けは人が怯えたとおりに鼻柱の高い三日月の陥没した額が吊る口角を悪夢の最中に食いしばる歯を見せる表情が楽しいのだとみられる一方通行の残酷な他者の理からの乖離に贖う機会もない彼方の月を日頃は頭頂部へ麗らかに気狂う光源を浴びざるをえずにもし幻覚であったならと疑えるはずもないほど末梢の緻密に崩れた屋敷の壁向こうに延々と続く長い廊下を陰影に相応しくぼんやりと掲げられた灯を持ち遠ざかる横脇を周囲のものが通るので歩き去る景色が過ぎゆくフィルムの巻き取りは今に在りながら過去を再生する音は休符の示されつづける指揮の元に倣った廊下の青と灰と橙の灯が染める先に開けた障子の座敷は春の空気に満ちた床の間に散相の図の掛け軸が破れかぶれに引っ掛かっている前へ座し膝を並べた青い御方の手の甲にぽつりと雫が落ちたのが見えた眼を窺いかけた端の障子に人影の重たげな軟体は骨を抜かれて揺れる次々と映るあたたかな輪郭が各々が下げているぼんぼりの列を成した者たちの腕が長い春の霊とは花を摘むために幕が垂れているのだと伝える法螺の集積に真が僅かに混ぜてあるのを正しさや再現性や根拠の証明を必要としないことほど愚かな賢者はいともたやすく信じることで真を見極める精力が尽きかけているが世に無として扱われるものの元へ誰がいくら足繁く通おうとも会うことを叶えるものはなくなった人々の間で噂が囁かれる尾鰭と背鰭に胸鰭までついて取り憑かれたと口さがない井戸端会議にて自分達と別個の世間に振り分けられていると考えており見ないようにしているのだが卑しくも好奇心の集まる接点に置かれた九官鳥はレコードよりも速い回転で繰り返す同じ節がささくれた盤面を針が乱れる音まで忠実に鳴く喉から出す地響きの低い音は空を辰の刻に天を横切るあの圧迫した風の呻きに惑う現世と繋がる糸を細く撚り直す指が結んでおくべきだった身の悩み尽きずに精神を等分に結び目を作った箇所から千切れる多重の縁結びを糸の端を摘まんだまま結び目の形のあるとなしに限らず求められる場所にいるというのは救いにはなりませんかと問う矢先に挙げられた青い御方の腕は静止を求めて障子を睨むその顔は口元に人差し指を当てながら障子を隔てた向こうの会話に耳をすませた春の耳孔がくっきりと障子紙に濃く黒く張り付いて屈んでいるらしく聞こえる言葉を本気にして今にも部屋へ侵入せんと身を滑らせる衣擦れに耳をそばだてるあいだは互いの耳に満ちている気配というものを汲み取る空圧の握りがたい緊迫がやがて春のそよ風にその身の襞からほぐされた興味は障子に耳穴を貼り付けるよりも他に関心が移ったのだと言わんばかりに耳穴を閉じて廊下を音も立てずに去って行く呼気の希薄さに青い御方は障子の向こうにいつまでも姿を見据えて引き締まったまなざしの対の黒点に刻みつけるさまは春の気性を煩い深く霞んでゆく光景を刺して捉えようとする針の鋭い目で障子を開けてここを出て行きましょうと合図をおくる顎先で促す屈んだ腰は強張ったままの両手にかけた障子を左へ引く桟はしとやかに滑り開いた先は外廊下がうららかな陽光に照らされた水を流した艶の木目がまばらに乾きかけているほどに光線はまばゆい遮蔽を成す手前に身を置いている明暗を秤にかければどちらも輪郭が消えかけの青い御方は肩に頼る影法師の腕も双肩も頭も腰から下も全て境なく飛ばして輪を描く七色の光る陰影の帯がひらめかせた裾のたった一歩を踏み出すために片足を上げた判型に食い込む青い御方の腕がこの場に留まらせる反発の接点が腐り果てて捥げる内に捻転する胴体がふくよかな嗚咽と哄笑の共鳴が臓腑をおおらかに膨らませて飼い慣らした飽和する残響を貝殻が記憶する心音は並みの満ち引きに浸す足下で裂かれた影法師があずかり知らぬところを闊歩していたのも今の瞬間に切り離されてしまったからなのだと過去と現在の流れを手繰って撚られた糸の模様を受け入れてしまえば時を一方に流れているとすればここが過去であり且つ玉結びに直面しているはずで片方の肩の重みは魂の断片が分断と統一が定まらずにやがて端から解けた先から景色の中に溶けて繰り出した手のひらは糸の端を握ったとしても開いてみれば何もなく蜘蛛の巣状に広がる糸の先も皮下で解けてゆく脂っこい肉体が薄切りにされて張り付く解剖標本が並べられた廊下を渡りきった柱に繋がった数珠に伸びる影法師が遠くの庭木の根元にまっすぐ立っている足のどこを辿っても繋がらずに単体が今にも自由に踊り狂うでしょうと言う青い御方の指が引き戸の向こうを指して背後にはもう誰もいなくともついてきているに違いないという信仰だけが背にぬるい風が吹く髪を掻き混ぜ押し出されて敷居を跨ぐと遠方の山頂に御座す東雲があらためて影法師を呼びつけても分離した影は東雲から遠ざかって来た道のほうを向いている数を麦の穂の一粒ずつを数えて目眩に足を滑らせ敷居の縁から転げ落ちる直前に影法師は振り返り見て立ち尽くした姿は論理を踏み外した今やもう見えず数えた影が落ちる者と並走して群を成し上弦の九番体に似た軍列が鳴ることには鞠よ跳ね孤高の道へ戻らねば同化は滅法歩けなくなってしまおうと跳躍転身を唆し群は回転捻転の粒が嵐の唸りをあげるのは懐からまろびでた磁石の対極に影響を受けていると騒ぐので懐から取り出すとたちまち群れは磁石に飛びつき棘棘しい松の葉が束になって口を塞ぐ何度目かの日の出から隠してやることにしたのはもともと夜に親しみ故郷があるものであるから日差しの前では寄る辺なく何かに添おうとするものが日差しから目を逸してみれば星々などが光っている夜空の深みに散らばって羅紗の流れにのり地上へ月の前を素通りし重い大気をすり抜けて黒々と轟く海の一部へと星々がちらつき吸われて向かう無表情の鈍い集合体が唖と口を開けて立ち尽くしす身を翻そうとしても地上に引き寄せられすぎた輝きは引き返すことができずに岩礁を打つ波飛沫が砕ける身を自分達とは明らかに異なった不気味ななにかの上に等しく身を注いだ輝きが星というものかと口を歪めたひとつの存在の儚い瞬きは降ってきた空を仰ぐ先でまばらな星が次々と失せてゆく一部の手のひらを鉢のように丸めて粉塵を溜めた中に角を尖らせた星が空箱に詰めた笑みを咲かせて毎日ぶつかっていたあなたにようやく目を合わせた雲がない日には毎晩と道に降りて月に照らされ光っていた雨上がりの夜は水たまりで跳ねた日にあなたは喋りかけるはずがあなたときたらふいと空を見上げてどこから落ちてきた星かと言うだけで立ち去ったと角を目一杯に伸ばしても抱いていられないだろうと自慢げに内側からほろほろと輝く指の間からこぼれて地面に衝突する鈴の音を鳴らして転がる星にいつのまに慕ったのかと聞けばさあねと答えて続けた言葉はあなたが星といって見上げるよりずっと前から夜にあなたを見つめているのはあなたが名づけたものよりも多く交わしていたのは言葉だけではなく心の中で呟くのはいつだって他人ということは個々が余所者になると咲うので幽かな跳ねっ返りの音をきっかけに障る耳のすぐ後ろで低い声を出した青い御方は星の屑が残る肘を叩いたので星は一斉に地面へ落とされて虹色の屑がたのしげに散りながらくすぐる声が小さく泡が弾ける輝きが波になり規則はなく近くは白い角が立ち遠くは畝が揺らぐ飛沫が波間に隠れて消えてゆく不規則の波間をあれよあれよと彼方へ両目は運ばれて陸地にさらばと告げることもなく星々の大海原に浮く雲海で星は悪魔の欠片ですと青い御方が波に目を伏せ攫われてしまったと乗る舟もない星の海は躰を濡らさず流れる途方もない旋律を青い御方はふらりと躍り出て腕を宙に浮かせ波間をゆくには踊りをと波に拍を穿つと穿たれたところを中心にたっぷりのひだを纏った波が翻り底の見えないましろな泡の中でかるがると身を翻すまわりに波紋が一枚の波の裾に豪奢な飾り房の飛沫を紡ぎ弾かれた真珠の飛沫には青い御方の口元からこぼれた仄かな微笑みが星と同じ輝きを保つ波間に大きな塊の泡も風に散った粒の泡もしっとり伸ばされた腕に寄り添いおよそ自ら光ることを知らない暗がりの腕が見えうる限りの彩りをひとまとめにからげて花束として抱かれた花の一輪は焼けつく点滅も夜の漆を塗った腕と花はどちらに目を向けてもふたつは互いに重なる青い御方は透ける躰を波に触れさせていた足は飛沫に叩かれ震えて音は二度と同じ響きを放たず響き残って足をもつれさせる心臓の鼓動が静寂に織らた囲み軋む音を聞いた波のへりを撫でて青い御方はやがて踊りをゆるやかに終えてまっすぐに立つと海路は仄かに色を変えた東の果てが夜を放逐しようとしており星は姿を消して笑い声もかすれて聞こえず目の中に詰め込まれていた星々の破片はひとすじの陽に焼けた黒点に長く緑がかった髪が水面に浮く海面に広がる墨の流れる藻には目鼻口がぬらぬらと髪の下から現れた顔面がくり抜かれている異形のものは必ずしもこちらに顔を向けているとも思えずに歌鳥魚と呼ぶまでは頭を突き出していたがざぶんと沈んだので青い御方が海面を見渡した隣で並んで同じ方向へ首をのばすと水中をのたうって向かってきている姿は影法師に似た放散する万華鏡に対して髪は端からぷつぷつとちぎれる房が近くまでやってきたとき青い御方は浅瀬に立っており歌う寄せては引き返している波にのって足元に絡もうとしてくるそれに手首を水に浸して指を伸ばしてみると溺れないようと唱えられた声は鋭く冷たい水に髪は指先に刺されて凹んだ面を混ぜて片腕をどっぷり浸し髪を水中から引きずる髪はまとわりつくよじれて悶えるがらんどうの顔に海水がたまっており穴の奥で渦と泡がはじけて頭蓋の岩礁を吹き抜ける風が細くやわらかに宙に旋律がとぐろを巻く多重奏は個を離れさざなみに身を任せた臓腑を叩いて堪えきれない震えが凍えた身の末端に伝わると歌鳥魚の洞穴の顔が上を向き存在しない目で音を追っていつのまにか複数の声が聞こえるのは顔の奥から細い声が引き摺り込む腕には長い髪が絡む指をひっかけても水を含んでかたく絞まるばかりで水辺から離れるしか選ぶことができず陸へと上がった先の地面には短い草が生えており踏み締めた大地はみるまに赤茶に枯れて一歩がまた枯らす地は髪の先から垂れた水滴がさらにぽつぽつと草を萎れさせる躰が霜柱を踏み崩す歯触りの厚い音を伴奏に歌声が渦巻く海へと引き返したがる首までも伸ばそうとする歌鳥魚を抱えていた頭を青い御方がつつく顔の奥から息を吹き出す姿が見失った星といい青い御方や歌鳥魚に影法師も振動と反復をその身から発しているので耳をすませれば聞こえる感情が潰れた喉の奥で奏でられていたなめらかな一節が拍をとる黄ばんだ草が鳴いて根を自ら引っこ抜き振り返り後ろ向きに歩く草は数を増す隊列となった毛細血管が地表を這う足跡が道に残る歌鳥魚が黒く腐らせた土を喉を鳴らし鰭で叩いて喜ぶ足元の海から繋がる道を草がざわめきながら花を多忙に咲かせる刹那に火の弾けた種つきの綿毛が傘を広げて落ちた地面の土を食って生える双葉の芽をひょこつかせる歩みを見届けた影法師が草の根を闊歩して囁く無限の頭足類が打ち鳴らす四肢を見る三角錐の標識灯が点る領域の先もまた頂点の葉の先に雫は留まり内なる世界を反射する各々が捧げた蒸気と生まれた種の友らよ土に根ざし風にそよぐ我々は枯れず空と大地と水のある限りゆめゆめ今が最後と思わずに枝を伸ばし葉を茂らせてその身に蓄えよと行進は勇ましく後ろに続く彼らの先頭からそっと脇に逸れると草はそのまま歩き続けて暗い岩の洞窟の中へと突き進んで行った隊列の最後尾はもの言わず傾きながら穴へ消えた姿は生まれた地面を覚えていない巨大な空洞の岩壁は見上げるほどに高く白昼に夜の暗がりの奥を切り抜いた穴が茫漠と佇む奥からとめどなく湧く唸りが引っ掻き回される闇に浮き上がってくる歌鳥魚は震えて顔を泡立たせながらその身を引きずり岩の洞窟へ這う地面になめくじの粘液の鱗を残して耳に届く反響は岩壁に歌鳥魚が合唱する尾鰭を跳ねる姿があたりの岩間に屈んでいた肩越しに青い御方が覆い被さっている地面から拾った風船の腹の膨らんだ蛙はモミの木に吊るす飾り玉に似て太った地の底から呻きを上下に激しく振られた蛙は突き出た目を白黒の腹から不具合を知らせる音は中でなにかが暴れている蛙の腹は膨らみうすく引きのばされた皮に透けた腹の中で飛び回る黄色く光る虫は提灯として足元の草むらを雑に腕で払えば似た蛙が次々に飛び出る一匹を片手に洞窟の暗い穴へ歩を進めた横を玉蛙が飛ぶ腹の明かりで岩肌が照らされた洞窟の中は石畳の道にはじける水滴が蛙の飛び跳ねた先に見えた石の階段に透きとおった水が流れてぬらぬらと石畳の表面を濡らし続けている水たまりに白い花が小さな首を丸めて歌鳥魚が濁した泥が煙る花を曇らせた先を照らそうと青い御方が玉蛙を掲げる階段の上へと地を飛んでいた他の玉蛙がよじのぼってゆくあたりはうすい光の膜に包まれた積み上がった岩や水中の苔やときおりひらめく銀色の泥煙の水の濁りに赤い筋の煙がみるみる朱に濃く階上から流れる足元で渦をつくった血溜まりの濁りの中で白い花が蕾で水を咥えなおし啜った蕾の口から吐き出された黄色い糸のまとまりは霧雨のおしべが赤黒い夕焼けの水に彗星の尾を引いてえぐられた土を埋める水の塊に呑まれ見えなくなる階段を登りきった末に玉蛙が身を隠す振り袖草から鈴虫や鉦叩きの声がする一寸先に見上げる大鳥居が仄かな明かりに囲まれて建つ頭上に暗く闇が覗き込む大鳥居の上に何者かが凝っと佇んでいる下を青い御方の手は明かりがなくなる前にくぐらなければならないとでも言いたげに先へ大鳥居をくぐった数歩先の滝壺で歌鳥魚は世に最後を知らずとも運ばれて見届けるとは限らぬ創られた者も同じ者の間のどこへ自分の身が置かれているかと鳥瞰するのならばその目は自分ではなく妄想の類が狭い空に飛んでいる場所も飛んだ先の目が写している光景に頭を無理に立てれば虫の鳴く道の先に動く人影の気配が記憶の中に金木犀の葉蔭へ潜り葉と枝の隙間からこぼれる日差しの網がちらちらと風が吹くと身を囲む甘い香りを漂わせた光の彼方から聞こえる人の声は遊ぶ子どもたちとその子らを呼ぶ誰かの全く縁の結ばれない記号の群れであった梢の内側は静かに風の音も鳥の声も人の軋みもなく眠る水底に沈んだ光だけが輝いて指先から消える腕にゆっくりとほどける腹の中央が残る胸が裂きほぐれる頭の虚な重みを失った全ては下へ下へ意識の深層へ誰にも知られず奥深くしかし開かれた場所へと沈みゆく先の空間を待つ隔絶された細い息が彼岸の浮き草の人は己の後ろにあるものをご存知で気がついてしまわないようそれとなく話しかけてくる世に圧迫されて呑み込まれてしまった精神に名前をつけるまでのあの手とこの手が水辺に漂う多岐に渡る模倣のひとは細かなひだにまがいものを信ずる境界をぼかされた己の姿を望んだ影法師は寡黙にして変化の幻覚を先の天井にぶら下がっていた身をひらりと散る花弁の地に降りた見据え待つ姿が視力の弱った目にも認められた無数のしべを開き無尽蔵にさざめく懐かしい姿を追い何度も戻ってくる首を大きく傾けて折れた墓標の横で影法師が保っていた形は雲散霧消する胸の奥に宿った音を夢で呼びつける誰とも知らない声が周囲にひとり芝居をうつ者をおおいに囃す声に耳を塞いでも永遠に聞こえる胸を叩く魂が立った崖のふちの精神の境界に自他を塗りつぶすまなざしが注がれた自らが身を潜める葉蔭で何年も誰にも知られずその根元で通り過ぎるものを揺れる葉や枯れる花の下から窺っていたことを忘れる在りし日の最後の息を吐いてから永いこと過ごした時を青い御方の腕は骨を集めるように掻き寄せて崩れた残骸をかなしいとも言わずにただ抱きしめていた。