天使の残骸



──天使が降ってきた! 
蠢く群衆の垣根は厚い。
奥から押し退けて出てきた人達は
皆、手に何かを包んでいた。
やがて人々は散り
さざめきながら
広場を去っていった。
私が天使の姿を見たとき
羽根は一枚もなかった。

帽子や胸元 鞄の中 どこでも
天使の羽根を身につければ
幸運が訪れると聞く。
羽根を目印に恵みがもたらされると謂う。
それを何十枚と纏っていた天使は
無残な滓となった。
雲と光る帯のあいだを
滑り落ちたときの輝きは
もう、ない。

綿毛が煉瓦の隙間に 黒くへばりついている。

清掃員の若者が
箒とちりとりを手に 片付けている。
かったるげに 箒で地面を撫でている。
私は 天使の残骸を指差して 聞く。

──これを持っていってもよろしいですか。

若者は面を伏せたまま

──どうぞ

箒に絡まった綿毛をつま先で踏み落とす。
許されて私は 天使を手に入れた。

友人が慌てやってきた。
天使と聞いて
息をはずませ 駆けつけた。

──羽根はあるのか。

──全て毟られた。

残念そうな溜息を聞く。

──もし、また生えたときに あげようか。

友人は首を横に振る。

──地上で生えた羽根に価値はない。
羽根なら他の家畜にもあるのだから。
それに僕は執着もない。
どうしても、と
四方を走りはしないさ。

私は肩を竦める。
積極性が欠けているからといって
欲の多寡は変わらない。

羽根よ
もう生えないように。

ここを飛び出して墜落したら
次こそは天使でいられなくなるだろうから。