河童
種族の違いゆえに言葉を交わすことはできなくとも、ある程度の意思疎通はできるはずだ。たとえば犬や猫が扉を引っ掻く。金魚が水面にやってきて喘ぐ。それを、外に出たい、餌が欲しい、と察する。それと同じように、河童のことも仕草や声色で推察する。
あの者たちは元気がないと肩が下がり、萎びたようになる。機嫌がよいと腹も頬も、むっちりと膨らむ。嘴のように突き出て尖った口唇を上向きにし、かまぼこ眼でこちらを見てくる顔には愛嬌がある。たとえ常にぬめった肌であっても、人間に何処かしら似た姿には不思議な親しみが滲んでいる。
目堂雅巳が知り合った河童は少々鈍くさかった。
大雨の後の、水位が下がった多摩川の河川敷に打ち上げられて、河童は干からびる寸前だった。目堂はそれを拾い、川に投げ入れた。河童の体が川の流れるままに運ばれてゆく。目堂は河童を追い、河川敷を歩いた。
ふいに、ぷかぷかと浮いていた体が水底に引っ張られるようにして沈んだ。目堂は水面に目を凝らした。川の流れは鷹揚で、一寸前まで目に捉えていた河童は幻のように消えた。目堂はしばらくその場に立っていた。すると水面に平らな頭頂部が浮かび上がってきた。その周りで藻のような深緑色の毛がなびく。膜の張った玉のような目が水面から飛び出た。束の間、目堂と河童の視線は交差し、河童は静かに水中へ潜っていった。上流へ泳いだか下流へ泳いだか、目堂には分からなかった。
それからというもの、目堂は多摩川に向かう際には、胡瓜や茄子を持って出掛けた。まさか二度も出会わないだろうと思っていたが、そのまさかだった。河川敷を歩きながら川の流れに目を遣ると、何やら黒い影のようなものがついてきている。青緑色の何かが水面にちらりと見える。魚にしては大きい。目堂は川に野菜を投げた。水面に浮いた野菜を何者かが食った。礼は言われなかった。
河童は徐々に川岸に姿を現すようになった。目堂は野菜を投げ入れるような野蛮な振る舞いは止め、釣り竿になる細長い木の枝を適当に拾い、結んだ麻縄の先に野菜を吊り下げてこれを呼び鈴とした。必ずしも河童が現れるとは限らなかったが、反応のあるときは川の中から膜の張った目で見上げてくる。河童は吊るされた野菜を齧り、たちまち水中へ消える。目堂は河童の食事風景を眺めながら、ぼんやりと佇んだ。あの日に川へ投げ入れてもらい、救われたことを河童は覚えているのだろうかと考えた。果たして恩と感じているかは不明だが、姿を見せるあたり、手なずけたように思えた。
目堂が釣り竿を垂らしていると、通りすがりの人が時折
「釣れますか」
と聞いてくる。
「ぼちぼちですね」
と答えると、粗末な竿で意外な……と感心される。釣れるものは河童なので、その人が期待している魚は、本当は釣れないのだが。
目堂が河童と知り合ってから三度目の秋、月は満ちて、水面に輝いていた。すすきが夜風に揺れる。聞こえるのは虫の声と、鯉が跳ねる音くらいだった。
河童は冬になると上流へ遡上する。山に移り住むのだ。河童の肌は上流に近づくほどに、青い皮膚に橙が混じり、茶色に染まる。これを一般に山還りというが、目堂は里帰りだと言い換えていた。
その里帰り間近の河童が姿を現した。珍しく水中からあがり、目堂の横に座った。頭の皿から溢れた水が滴り、目堂の袖を濡らした。秋風に冷たかった。
黙って座ったままでいると、皿がぐらりと傾いた。そして目堂の顔の前で静止した。まるで、触ってもよいと言わんばかりだった。
目堂は怖々と手を伸ばした。皿は陶器のようにつるりとして見えたが、いざ触ってみるとふんわり柔らかく、押すと水が染み出た。風呂上がりのふやけた肌に似ていた。河童に触れたのは初めてだった。尻子玉を交渉されることもなしに、このような体験ができるとは、と感動した目堂は、興奮したまま不躾なほどに皿を突つきまわした。
触るのを止めたのは、河童が潤んだ瞳でこちらを見詰めていることに気付いたからだった。河童はもの足りなさそうに小首を傾げ、その丸い目玉は月の下で底なしの沼のように暗かった。
このふれあいを最後に、河童は水かきの一枚も現さなくなってしまった。
例年より早い里帰りだったと、目堂は今でも寂しく思っている。