梅肉
梅の木の下で、ご婦人方とその子供たちが座敷を広げておりました。私のほうは、彼女らのいる場所から十本ほど離れた梅の木の根元で敷布を広げ、冷たい地に腰を下ろしておりました。膝に開いた本は、とある頁から捲らずに抑えたままです。
ご婦人方はみな、パンに似て丸々と、とびきりやわらかそうにふっくら膨らんでおりました。白く粉けのある腕と、はみ出んばかりの太腿に幼子を抱いています。頭でっかちな、ようやくひとりで歩けるようになったくらいの子です。子はパンに比べると張りがあって、例えるならソーセージでした。
パンとソーセージが蠢いているのを見ていると、唾が粘り喉に張り付きます。
ソーセージがパンからはみ出ました。ずるりとこぼれて座敷の上へ転がります。食材を落とした光景をうっかり見てしまった私は、目を逸しました。
場所を変えようと思いました。しかし私が腰を浮かせたとき、ご婦人方もちょうど立ち上がって荷物を畳みはじめました。
それならばもうすこしこの場所にいましょう。
浮いた尻を再び地面につけることにしました。
ご婦人方はやわらかな体を重たげに揺らして子供を抱え、小さな指に荷物をひっかけました。やがて連なって、ゆったりと梅園から歩き去りました。
私はご婦人の後ろ髪が見えなくなるまで、そのまろやかな背を追い、木立に遮られたところで視線を戻しました。と、そこで、ん、と声が漏れました。
跡地に何かが転がっています。
生成り色のタオルが丸まっています。丁寧に掘り返された筍のように硬く包まれていました。
どうやらご婦人方の忘れものです。しかし忘れるには大きすぎました。ずっしり抱えられそうな重さがあるのではないか、と遠目でも察せられます。
廃棄物を置いていったのでしようか。しかし花見の廃棄物をタオルで包む人を、今まで見たことがありません。それにタオルがあまりにも清潔に輝いています。廃棄したとは全く信じられません。
不思議がっていると、一羽の鴉が飛んできて、包みの近くに着地しました。包みを警戒し、周りを跳ねています。首を傾け、頭の横についた目で観察しています。やがて鴉は大胆に、太い嘴で包みを突きました。鴉はごろりと揺れた包みに驚いて、羽を広げて飛び退きました。揺れがおさまると、またそろりと近寄りました。
放っておけば中身が散らかされそうでした。一羽だけだったところへ二羽、三羽と次々に集まり、彼らは群がって包みの端をひっぱりはじめました。
包みが再びごろりと転がると、私の心臓が奇妙に波打ちました。何かに気付かなければいけない気がしました。頭で理解していないけれども、私はとうに気付いているはずでした。首筋が硬く緊張しています。鴉はもう臆せずに包みに飛びかかってゆきます。包みは絶え間なく揺らされ……揺れています。
いけない。
私は跳ぶように駆け出していました。群がっている鴉に腕を振りまわし、追い払おうとしました。
突進してきた人間に、鴉たちは鋭く鳴き、散り散りに飛んで逃げました。
息を荒げて、私は包みの傍で立ち尽くしました。
「子供……」
口から勝手に漏れた声が、耳に届きました。
言葉は考えてから紡ぐものと、叫び声のように咄嗟に発せられるものがありますが、これは後者でした。包みの中身が未だ見えずとも、私は自らの発した声を、言葉通りに理解しました。
対峙してしまった後悔が、頭の中を這いずりまわって口元を歪ませました。子供は鴉に襲われていたのに、泣きもせずにいたようです。
私は包まれた子供を抱き上げました。
やわらかでした。胸元にかきあつめて抱かなければ、不安定でぐにゃぐにゃと、こぼれ落ちそうになります。子供は私の胸に寄りかかって抱かれました。
私には、自分自身のやさしげな挙動とは裏腹に、子供に何の感情も湧きませんでした。
気まぐれのほとばしりが、親切な人間として子供を守りに向かわせたのですが、ただそれだけでした。それでも、傍から見れば事実はひとつ。子を助けたのです。
子は、なまごみのようなぬくもりがありました。
風が梅林をそよそよと、袂を振るように私たちの鼻先へ香りを撒きました。風は、梅の香りと、腐りかけた臭気を漂わせていました。腕の中で、包みがぐずつきました。
私は包みをそっと開きました。
それは確かに子供であり、よく捏ねられた肉叢でした。