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御とりに成る日

瞬く回数を数え 鼻腔を抜ける甲高い息は 人よりも鳥の囀りに似た。 天の授けは 地を のたうつ。 白い石膏の内にて 萎縮する。 指先 太股 臓物の全てが引き攣り 躰は方位を滅茶苦茶に指し示す。 麻袋をたずさえ 寄り添うならば 飛翔を目論む抵抗が 私の腱を浮き上がらせる。 強靭な意志よ 地上を離れ 彼方へ向かえ。

口を塞がれ 目を覚ます。 やわらかく、なまあたたかい。 溶けたナマコのようだが 毛深い。 あらゆる凹凸を包み離れない。 天から伸びた腕を、ずっぷり飲み込む。 とても毛深い、ああ毛深い。 どこまでも沈む。 正体は 丸太の胴体、 短くしなやかな四肢、 茶色の縞模様、 はんなりと畳まれた 三角形の耳 二つ、 小さな頭に、 中心で輝く アーモンドアイ 四つ、 猫だね これは。

細逕

屋根もない寂しい駅に着いてしまった。 日が沈みかけている。 見渡す限り 腰高の穂が生い茂る。 かろうじて道がある。 木の電信柱が刺さっている。 どこまでも続くようにみえる。 細逕を とぼとぼ歩く。 草の狭間から見られている。 白い目が まばたきをしている。 幾度 草の影に顔を向けても なぜ 何もいない。 風が吹く。 怯える僕を 穂が嗤う。

自動販売機

夜中の自動販売機はあたたかい。 取り出し口に手を入れてごらん。 風もなく 手にやさしい。 光るボタンを押したら 乾きを癒やせる。 あの人は 夜道を歩いていた。 月に追いかけられて 手袋もせずに 誰にも顔を見られたくないから お面を着けていた。 白い息に包まれて あの人は まだあたたかい骨だった。 取り出し口に入れた手を 握り返され 泣いていた。 ぬくもりが かなしいと。 次は つめたい を選んでごらん。

悪戯

 間宮は転入生だった。榑石が通っている学校の同じ教室へ迎えられた。互いに十四歳である最上級生の年の初夏、春と盛夏の境目の、緑がいよいよ深く繁りゆく季節のことだった。  大多数から見た間宮の第一印象は家柄のよいご子息で、特別容姿が秀でているわけではないが、歳のわりに静かな物言いや、服の皺の一筋の線まで荒れた様子のない態度が、清く、端正な雰囲気を醸しだしていた。間宮の穏やかなまなざしを木陰と思った者たちは彼の周りに群がった。しかし間宮は、虫でも小鳥でも、近づいてくると、そっと枝を振り、寄せ付けないよう振る舞った。相手に明確には悟られぬ僅かな拒絶は、転入生であるという、時の積み重ねの単純な少なさを理由に、さほど不可思議に思われることもなく周囲に受け入れられた。  一方、榑石は時と場所を同じくしながら、他人の交友関係に無関心だった。人の名も、その姿の特徴も記憶に残そうとしておらず、自分の頭の中だけで世間を生きていた。しかしそれでは人から戯れに悪意を向けられることもある。関心を向けられないようにするならば、愚と賢の帳尻会わせに、話し掛けられれば返事をし、きちんと笑顔を向けて敵意のないことを示すことだ。榑石は人であろうと努めた。  だが間宮に榑石の努力は伝わらなかったのである。 「ねえ、これ、あげる」  榑石が下校途中に寄り道した公園に、間宮はひょいと現れて言った。教室でひとことも喋ったことのない相手に突然話しかけられて榑石は驚いた。鼻先に差し出された掌は漂白されたように白い。石鹼でつくられた手に見える。くるりと拳を反し、指を揃えて開かれた手の平に、丸くてすべっこい、黒く濡れた水饅頭のようなものが載せられていた。榑石が声を発する前に、間宮は榑石が座っていたベンチの背にそれを置き、歩き去った。  よく知らない奴から、これまた得体の知れないものを貰ったとしても欠片も嬉しくない。たしかに榑石はひとりでいてばかりだが、集団に馴染まない人間が、たとえ寂しげに見えたとしても、関わりをもてば何でも喜ぶとは限らない。  渡されたものは硬く冷たかった。どうやら石らしい。榑石にとって、人からものを貰うというのは青天の霹靂で、落ち着かない気分にさせられた。くれるというのは、何か分からないが気があってのことではないかと思われた。並々ならぬ関心を寄せられている証だ、と榑石は思い込んだ。少なからず間宮は自...