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幻誌
一月七日
やわらかなものを座敷へ担ぎ降ろす。立たせれば全長が私の鳩尾に届くであろう大きな繭──汚れた湿っぽい布──を鋏で裂き開くと、未熟な軀が納められていた。
頭、頸、胸、手、脚、蝋のような濁った肌に、藍や紫の黴じみた斑点模様が咲く。朦朧と開かれたまぶたの奥に眼球がひと揃え。切り込まれた空洞と見まがう。下肢の根には、ひたと閉じられた貝。その合わせから、軟質の塊がこぼれている。反した背中には、歪んで萎びた一対の腕がたたまれていた。
関節のくぼみや、背の腕にこびりついている汚れをふやかし落とす。冷たい軀は、桃と護謨の合いの子の手触りがした。未だ生臭さが私の指先に残っている。
一月八日
襖を開ける度、もう息はないと思わされる。口元にかざした掌にかかる吐息は、次こそ最後とばかりに儚い。毛布の下で腐敗しているのではないかと疑るが、裏切られつづけている。
一月十日
吸い飲みを口の端から差し込み、無理やりに水を与える。嚥下する力はかろうじてあるものの、ひとさじにも満たない量しか受けつけない。
褥瘡の兆候が見え、軀を撫でさすってやった。揺すられて、鳴きもしない。されるがままだ。
一月十一日
灯を枕元に点した。吸い飲みを手に、寝床に腰を下ろすと、敷布と枕の陰に沈んでいた頭が傾いだ。そして、まぶたがゆっくり開いた。
虚ろな眼が私の腕を辿り、顔の上で焦点を結ぶ。束の間、私のまなざしと交わり、再び閉じられた。
寝床から離れ、去り際に閉める襖の隙間から見えたのは、腹部を庇うように面を隠し、丸まっている姿だった。
一月十二日
お目覚めだ。
一月十六日
重湯を最初の食餌にした。軀の据わりが悪く、上半身を起こさせてもすぐに倒れる。肩へ寄りかからせ、支えながら与える。匙を挿し込むついでに、口の中を見た。
歯のない口腔の、短くぽってりと厚い舌には、病の名残か白い膜が張っていた。咀嚼に適さない口だ。今後、固形物を与えるならば、磨り潰すか、丸呑みをさせる必要がある。
黙々と匙を運んでいた最中のこと、この者はふと口を噤んでいきみ、肌を粟立たせた。にわかに頸から耳まで赤らめ、肩を下げると共に溜息を吐いた。
完遂されるまで待つ方がまぬけなのだ。しんなりと脱力した軀に、何が膝元で行われたか、遅れて解した。
間の悪さに目を瞑れば上等だ。
一月三十日
幾つか名を考え、⁂と呼ぶ。
二月二十日
皿を持った私を前にすると、惑い、手をついて身をのりだしてくる。匙をそっと押し当てるだけで、素直に口をあける。だが、すぐに俯いたり、面を逸らしたりする癖はぬけない。その度に顎を掴んで正面を向かせている。
食餌のほとんどを難なく平らげるようになった。口に含んでから嚥下しきるまでの間隔が短くなってきている。
二月二十四日
座っていても軀がふらつかなくなった。ささやかに毛髪も伸びてきている。背の腕だけは色が失せたまま、だらりとゆるんでいる。
三月三日
まだひとりで立つことは難しい。寄りかからせた状態から離れると、間を置かずに倒れる。這って寝床に戻ろうとすらしない。
家に居る間は、できるだけ同じ部屋で過ごしている。あの者は、私が部屋を出て行こうとしても反応がないが、部屋に戻るとこちらを向く。それまで大抵は、あらぬ方を向いている。眼に光がちらついた。何かを追い、眼が動いていた。しかし何を追っているかは、よくわからない。
邸内に花の香り舞いこむようになってきた。香気は根があるものも無いものも、等しく豊かに漂う。やわらかくも、眉間の奥を突く香りだ。遠くにあればゆかしく思えて、近くに束ねれば噎せ返る。この香りは気が塞ぐ。
三月五日
気まぐれに匙を持たせた。
骨に張りつく皮膚に関節のふくらみが目立つ、痩せてくびれた指をしている。
私は手本を示すよう、匙を持って皿の中身をすくい、自分の口に含むふりをしてみせた。あの者の視線は、匙の先から私の顔のあらゆる箇所へ、乱雑に当てられた。
置かれた食器に手を伸ばす気配がなかったため、下ろされたままの手を取り、匙を渡した。だが、苦心して親指、人差し指、中指の三本で柄を握るよう指を摘んで持たせても、たちまち匙を落とす。何度か繰り返し、握らせた匙を唇に押し当てた。首を反らすせいで、汁がこぼれて襟が汚れた。
それでも繰り返すうちに、匙を持つ指が震えなくなり、手首の返しも優れて洗練されていった。背骨から頸椎を通り頭蓋に至る軀の芯に、初めから備わっていた品性が所作を思い出したかのようだった。
閉じた口が食餌を含んだまま動かず、顎に手を添えて上向けさせた。あの者は煩わしげに口腔を空にし、この日は二度と匙を持つことはなかった。
三月二十九日
振り子時計の単調な音だけが響く。息をしているものが居るとは思えない。静けさに満ちている。
どこに居るのかと姿を探した。
大抵、あの者は四本の腕を折りたたみ、まどろんでいる。項垂れて壁を頭の支えにしていることが多い。
襖を開け、見回すまでもなく閉じる。この家には、隠れる場所がない。
あの者は、行きずりで広縁に横たわっていた。面がこちらを向く。私が傍らに座ると、あの者は背の腕を伏せながら、私の膝の上に乗ろうとしてきた。
幼児や獣の真似ごとは不愉快だ。庇護も支配も私は望んでいない。
腿にかかる重さが腹の底を震わせる。軀を預けられることで、私の身に不本意な重みがかかる。骨が軋む。間近に迫った双眸が、穿たれた穴のように暗い。冷めた呼気に漂う鉄錆びた臭気と、ぬるくあたたまった軀が放つ石鹸の香りが、私の内側に流れこんでくる。
退けられなかった。
五感は私を欺く。度を超して認識を膨らませ、頭蓋骨を砕く瀬戸際まで追い詰める。
麻痺した視界で、焦点をずらす。あの者をぼんやりと捉える。翳がより美しく、醜く、姿を包む。
思い出の顔に似ている気がした。しかし、その表情が思い出せない。
私は身じろいだ。あの者は緩慢にまばたきをした。糸くずのような埃が、まつげにのっていた。
五月二十八日
軀に肉がつき、いよいよ活発に動くようになってきた。その反面、未だ黒ずむ背の腕は、不釣り合いに汚いものを負っているとしか思えない。
私は庭に面した廊下に籐椅子を置き、陽を浴びていた。あの者は眼を細め、すぐ日陰に身を引く。私が寛いでいるのを、物陰から見ている。引きずりだすのも酷と思うので、かまわずにいる。
六月六日
背の腕を壁にこすりつけて歩き回る。黒ずんで鱗状に割れた皮がはがれ、露わになった肌もこするせいで、赤黒くひきつれている。
壁を使っても、付け根を掻くのは難しいようだ。あまりに苛々とした様子だったので、刷毛を軽く滑らせた。炭が崩れるように粉が舞う。しばらく気持ちよさそうにしていたが、どうかして痛みがはしったらしく、私の手を弾いて逃げた。
そのまま放っておいてしばらくすると、またしてほしいと言わんばかりに腕をぶつけてきた。
六月十九日
うす暗い白熱灯が点く廊下の、二階へつづく階段の前に、あの者が立っていた。上階を仰いでいる。おいでと声をかけると、あの者は振り返った。さらに呼ぶと、小首を傾げ私の顔を凝っと見つめ、ふ、と右腕を浮かせた。
ゆるく伸びて、糸で吊られたように宙を指し留まる。こちらに向けられた指先は、どうも私の背後を指しているようだった。
名状しがたい気配が形を成しかけていた。振り向く気にも、二階へつづく階段を見上げる気にもなれない。
違和感を振り切り、有無を言わさずあの者を抱えて寝床に向かった。
背後には何もなかった。腕の中の重みこそが、現実である。
七月一日
見知らぬ者の訪問があった。半月型の眼鏡をかけ、灰色の口髭と、撫で上げた髪をし、橙色の格子柄が織られたチョッキを着た男である。「ごめんください」と人を呼ぶその声は、朗々とよく透った。私は庭先の木陰に潜んだまま、黙って男を眺めていた。
男は長く居座った。立ち去ってからしばらくして、また現れた。今度は木戸を躊躇いもなく開け、庭までやってきた。私の姿を認めると、さして驚くこともなく、一礼を寄越した。無数の蝶々が、盛んに男の周りを飛んでいた。訊ねれば、しがない蒐集家だという。
蒐集家は「おひとりですか」と問うてきた。そうだと答えた私に、含みのある微笑いを返してきた。この御仁は気配に聡い。
八月四日
家を出ようとすると、あの者が追ってくる。部屋へそっと押し戻して拒むが、戸を内側から叩く音には後ろ髪を引かれる。こういった類いのものは言い聞かせても理解しない。
あの者は以前ほど陽射しを忌避しなくなった。だが、私は真昼間に連れ歩くことが相応しいとは思えずにいる。
椅子に座る私の脚の間に割り入り、腿に寄せてきた頭を見下ろす。葉や磨硝子にあやされた陽射しを背に受け、頸にかかった髪が、ゆるやかに渦を巻いて流れている。にぶい欠伸につづいて、あの者は眼を閉じた。
私は手を伸ばし、背の腕を陽に晒した。照った新しい皮膚は、軀の内を外へ裏返したかのように、なまの色をしていた。肌が熱を帯び汗ばむそのうちに、息は深く長いものとなり、ふっくらと膨れた獣のにおいがたちのぼってきた。炒った豆類に似た、甘いにおいもする。
八月十三日
庭の祠に、蝋燭を灯す。供物の李を切り、欠片をあの者にも与えたが、舌に触れるや吐き出した。
十月十日
箪笥に仕舞っていた衣服を割いても適当なものがない。あの者の軀に私の衣服は大きすぎるうえに、つくりからして相応しくない。だが外へ連れてゆくなら整えなければなるまい。遠目に見てそれらしくなればよい。
人にまぎれるなら布は偉大だ。腰に巻くたった一枚の薄布だけで、その者の過去に人の道理がうまれる。
擬態はまず、足袋と靴を履かせること。それから手袋、鉤針編みの帽子。襟巻きは私のお下がりで藍色のもの。この色は厚い曇りの空によく馴染む。
外套をさらに羽織らせた。背中が奇妙に盛り上がるのは避けられない。
十月十一日
庭に出す。並び歩くにはぎこちなく、手を繋いでやるより肩に腕を回していたほうが安定する。
十月二十一日
数日前、門前にて蒐集家が「つかぬことを伺いますが」と言って指先で曲線を描き、邸内へ向けて掌を開いた。この男は微笑うと目尻に縮緬模様のしわが寄る。目の奥にあやしい光がちらついていた。「お持ちでしょうか。」興味が湧いたものに対する冷静さを装った興奮が滲んで聞こえた。
私は否定した。蒐集家は笑みを浮かべたまま、「左様でしたか。実は我が家には……大勢」と言って足元に視線を落とした。その目は脛にじゃれつく何かを追うように漂っていた。口の端が歪む。「よろしければご覧になりませんか」と蒐集家は私を誘った。
十一月七日
紅葉を踏みしめる音もかろやかに、時折吹く冷たい風を意に介さず、あの者は私の数歩先を歩く。私は黄色い葉を一枚拾った。指先でくるりと回す。あの者がこちらを振り返った。私は葉で遊びつづけていた。その葉を、あの者は捕った。私は指を離して譲った。奪われた葉は、すぐに放られた。
私が別の葉を拾うと、また手が伸びてきた。渡すと、放られる。葉を拾いつづける私の手から、あの者はついに乱暴に毟り取るようになり、私は途中から、煽るように葉を拾った。
十二月三十一日
大晦日。快晴。南天の枝を折り、飾る。
あの者は背の腕を広げたり閉じたりと、顎を上向け、窓の外を眺めていた。声をかけても反応がない。
ぼやけた丹色の日暮れが夜に没しても、あの者は天を仰いでいた。そこで庭に連れ出した。脇下を掴み、空に投ずるよう持ち上げる。瞬時に背の腕が広がった。
暴れはしない。腕にしがみついてきて、いけなかった。何度か身を離そうと試みるも、首根に齧りつかれ、息が苦しくなるばかりだった。引き剥がそうと四苦八苦しているうちに、飛び石に水滴がぱたぱたと落ちたのが見え、抱いたまま身動きが取れなかった。
一月一日
酒と煮豆を供えた。
二月十四日
雪が降りしきる仄白い景色にまぎれ、身を寄せ合い歩く。
傘の内側で、あの者は私に抱き寄せられるままに歩いた。時折、深く被せた毛糸の帽子の下から私を見上げてきたが、わかったように軽く叩いてやると、背の緊張を解き、しなだれかかってきた。
幾人かとすれ違った。誰もが傘の内側に身を隠している。
三月七日
沈丁花は胸元であたためたような甘い香りがする。花序は血筋のはしる水晶で、殊更に手入れをしていない株だが、毎年律儀に咲く。一帯に香りを撒いては、淡々と身を枯らす。
一枝だけ切り、眠る者の鼻先をくすぐった。寝覚めにもたつく腕はあどけなく、鬱陶しげに振られた。
三月二十九日
軒先で雀が桜の花を摘み、くちばしの先で遊ばせていた。数羽が枝にとまって花を落とすので、咲いたばかりの花が名残の雪のように降り積もる。あの樹の根元に、身を横たえていたことがある。
其のかみ、私を見つけた知人は、怠惰に寝転んでいる私を黙って見下ろした。私は、放っておいてごらんよ、と言った。知人は何も言わなかった。目は私に向けられていたが、僅かに揺れて、迷い子の、行きも帰りも分からぬままに追い出された、といったふうであった。ひとりの人間を放っておくことは、そんなに難しいことだったろうか。
それからどれくらい経ったのか、今も同じ場所で芽吹くものがある。
五月十五日
夜の川辺にて、粘着質に照る墨色の流れを眺める。時折水面が破られる。魚の背が捩れる。身が疼く。つい腕を掻きむしった。
六月十七日
雨粒が窓硝子の表面を伝う。ゆくすえを追い、あの者は俯く。見届けると、また上向く。精緻ではないが、規則がある。
戸を叩く音を聞き、玄関に向かった。磨硝子の向こうの影は蒐集家だった。私は暗い玄関で佇み、灰色のぼんやりした影を眺めた。蒐集家の手が、引手にかけられた。戸が静かに軋む。戸には鍵がかかっていた。開かないとなると、磨硝子に橋をかけるような黒い小さな影が浮き上がった。つづけてその周りが薄暗くなる。
やがて影は離れ、足音と共に遠ざかっていった。
雨が止むと、露を払うように、あの者は書物の山を崩した。文箱の手紙も散らかした。乱した部屋の壁を這い、天井に近い角で肢を広げて枝垂れた。
目を離せば別の部屋に居る。廊下でも部屋でも、腹をつけて這う。長椅子や机の下の硬い床に、腕も足も投げ出して潜っている姿は、しばしば可笑しい。縮められていた四肢が、蔓を伸ばすように家具の下から出てくる。家具の下からはみでた腕は、私の指が縁を掠めただけで、さっと折りたたまれる。
七月八日
互いを脅かさないことについて、弛緩した軀は無防備に首筋を晒す。害されるとは思ってもいないらしい。
八月十四日
あの者が散らかした様々な物を、全てではないが元の場所へ整えつづける。一部の物は外に持ち出した。たとえば私の万年筆。さほど値打ちのある物ではない。文箱から出した万年筆を、掌に載せて眺めた末に、懐に仕舞った。気難しい筆であるから、他人の癖を覚えさせることもなく、使わずにいる。
整頓をすすめるうちに、本棚にあるべき本がなくなっていることに気付いた。探せば、居間の床に座りこんだあの者の膝の上に開かれている。あの者の眼は頁に落とされているものの、どうやら文字を追っているわけではなさそうだった。それでも、まだ読んでいるのに片されては困るだろうと待っていると、あの者の面がこちらを向いた。私を見て、仄かに笑んだように見えた。気のせいだろう。微笑を以て挨拶を交わすのは人の習わしであり、私とあの者の交わりにはない。眼許に幸福を読ませる仕草を、いつの間に覚えたのか。
十月十五日
蒐集家が置いていった封筒を開けた。写真と数枚の素描が入っていた。
写っていたものは人に似ていたが、厚みのある胸が背中へ、双翼となって伸びていた。首根の筋が太く逞しい発達を遂げている。裏面の走り書きを読むと、これは頻繁に羽ばたきを行うが、飛ばないという。威嚇をするかのように腰を低く構えている写真からは、下腹部が陰となり暗く、特徴は見取れない。巧妙だが、胡乱な撮影だった。
本物を御覧になりませんか、としたためられている筆跡は、蒐集家のものらしかった。私は招かれるままに、蒐集家の邸宅に赴くことにした。
十月三十一日
人形……だと蒐集家は言った。喫茶もそこそこに、蒐集家は白い布が被せられた長方形の箱の前へ、私を案内した。
箱の前に立つと、蒐集家は布を取り払い、腕に丸めこんだ。
硝子の棺桶の中で、人形はうたたねをしていた。ゆるやかに巻かれた栗毛が輪郭を縁取っている。まぶたをゆったりと伏せ、しどけない唇の隙間から粒揃いの歯がのぞく。身の丈の半分以上を占める双翼で、自らの軀を包んでいた。上肢に挟まれた胸が慎ましい渓谷をつくっている。甘やかされた肉付きの前腕は下腹部で交差しており、垂れた象徴の脇に手が置かれている。十本の指が飾るものに否が応でも視線が向かう。楕円の爪が、今しがたまで口に含んでいたかのように照っていた。
生きていようがいまいが、人形は勝手に動くことをよしとされず、囲われている。予想外の場にあってはいけない。埃を被ることになろうとも、愛でられる時をいつでも待っていることを望まれる。妄想を継ぎ接ぎにした贋作である。ゆえに至上の瞬間を保ちつづけている。
蒐集家と私は黙って人形を眺めた。蒐集家が腕に丸めて持っていたはずの白い布の裾が、床にだらしなく引きずられていた。
部屋には他にも白い布を被せられたものが多くあった。その布の下から、無数の眼がこちらを伺っている気がした。くり抜かれた眼孔にも、視る力は宿る。
帰宅した私を迎えた者の、顔色の良からぬこと。これこそが生きている色だ。
十一月二十三日
私は背の腕を覆い隠す。人の感覚でものを語る。人、という膜を介する。純に捉えることが、私にはできない。
まなざしは方々へ流れる。流れた先に、丸い鱗が落ちている。ささやかに揺れている。鱗は、窓の外に植えられている椿の厚ぼったい葉の隙をくぐり、落ちてくる。摘もうと指を近付ける。触れるより先に私の指に重なり、ただ、差しこんできただけの光に変わる。かろやかに、存在しないと訴えてくる。
目を瞑ったのはどの瞬間か、眠り、とてもよく眠り……あの眼裏は、そこに存在しないものすら見たような気にさせる。
ふと、息苦しさに目を開ける。腹の上にあの者が跨がっていた。
私は再び目を閉じた。脇腹が圧迫されていた。脈拍が振り子時計と同調する。無視をつづけてどれほど経つか、あの者が私の肋骨に手をついた。重みが一極にかかる。息を詰めた私の腹の上に、あの者は座り直した。両肢に挟まれ、腹部が脈打った。拍動が速まる。なまあたたかい衝動が凝りはじめ、あの者を腹から退けた。それからまんじりともできず、はらわたが鈍い。
十二月二十六日
庭先、雪の白さ。枯れ枝が糖衣を着る。ふくよかな雪が、月光を廊下へ誘い撒く。
淡々と身繕いをする。徐々に玄関へ向かう私の後ろを、あの者はつけ回した。私は独りで出掛けるかのように襟を留め、その傍ら、あの者に外套を羽織らせた。
腕を掴むことはもうしない。肩も抱かない。
細い路地を選んで歩く。街灯が道の竟を示している。くすんだ黄色い灯は、人の皮を張り替えるように、その下に立つ者を照らす。だから足元に生える草花は正気の色をしていない。
街灯を過ぎたところで、背後を振り返った。照らされた明るい間を挟んださらに向こう側から、あの者がこちらへ歩いてきていた。灯の下にあの者が立つ。人らしい姿が照らし出される。私と同じ道筋を辿ってやってくる。追いつき、そのまま私の横を通りすぎていった。
一月十三日
庭先に出たあの者は、数分もしない間に頭や肩へ、粒の薄化粧をほどこされていた。
十数年前も似た光景を見たような、もう随分と前から知っている光景が目の前に繰り出されたような心地がした。しかし誰も、かつての姿を知らない。
このあたりの家々に住まう者達は、日暮れを迎えて鶏冠石の灯を囲いに点すまでは、住んでいることを忘れさせる。私自身もまた、姿のない住人として、灯を提げる。
一月二十一日
夕頃に、ぽっと点いた街灯の下へ、女が現れた。女は街灯の下からその隣の街灯の下へ、節足動物を思わせる俊敏さで移動した。口を大きくあけて腹を凹ませ、クッと空気を飲み込むと、あけた口のまま隣の街灯の下へ駈け、詰めていた息を吐く。街灯の下に入ると、安堵したように肩を丸める。それを繰り返し、街灯から街灯へ渡っていく。私は女の後ろを追うように同じ道を歩いていたが、曲がり角で反対の方向へと別れることになった。
あの女はどこまで灯を辿っていくつもりだろうか、結構なことだ。私は振り返らなかった。
二月二日
背後で床の軋む音がした。振り返り見れば、あの者が居た。私は壁に寄りかかり、あの者がこの部屋に何を見つけるか、待った。部屋の中ほどで、あの者は立ち止まった。凝った塊が布を押し広げるように、前閉じの釦の穴がひきつれた。裾が軀に張り付く。
私は制止するよう柏手を打った。あの者は、前屈みに傾いて止まった。背の膨らみが、ずるりと崩れた。裾から腕が露わになる。根が皮下に潜り込み、のたうつこともなく、放られて……私は、柏手を打つ。
この部屋は鈴鳴りの音がする、と最初に言ったのは知人のはずである。
がらんどうの部屋で、私のお気に入りだと、知っている。
二月三日
七回も春が過ぎるというのに……
三月二十九日
入り乱れて喧しい色彩を、曇り空が濁らせる。曲がった背が部屋の隅に蹲っている。私は戯れごとに微笑んだ。あれに手を置けば、蠢く軀が分かる。
腕を前に出した感覚はあった。関節の軋みも、重量も認めていた。だが視野の内に前腕が存在しない。袖のみが揺れている。
袖口の貝釦が外れかけていた。
この釦は、以前、知人が縫いつけたものだ。知人は「明日か明後日か、一週間後には必ず困ることになるようなほつれがあるから、袖を貸してみたまえ」と私を唆した。私は椅子に腰掛け、腕を差し出した。知人が懐から取り出した針箱は、女の口紅の如く装った艶色をしていた。
袖を広げ、とつとつと縫う。知人は私の腕に、針よりも自身の指がかすれぬよう息を詰めて見えた。しばらくその針運びを眺めていたが、確かな手つきになってきたのを認め、私は針先から視線を外した。丁度その時、障子が開いた。知人はそれに気付くと、手を休めて「家の者と喧嘩をしてしまいましてね。釦のひとつも留められないくせにと言われて、こうして躍起になり、他人の袖を摑まえては直しております。人のものだと思えば、僕も精魂を込めようとしますから、このとおり上達しました」と、まだ糸を切っていない釦を見せびらかした。障子を開けた者は、可笑しげにゆらめく声を残し、部屋を出て行った。
釦に向きなおった知人の手は僅かに震えていた。私は手首を反し、指を知人の袖口に挿し入れた。それで、糸の始末が疎かになった。
思い出から戻れば、袖口を何者かが引っ張っている。確かに見慣れた手が、ひらめく袖の釦を懐かしげに弄っていた。
五月一日
もし今ある形から変わったならば。均衡を保ち、人という型におさまっている姿が、どこからでもいい、内臓からでも爪先からでも崩れたのならば。破片は個から脱して風景に溶けこむ。個が知覚できない個が、風に吹かれる。あるいは箒で掃かれ、屑籠の中へ溜めこまれる。巡り巡って、誰かの口に触れることもある。それはもう元の個ではないが、形あるものは寄せ集まり崩れた末に、還る。
抱くのは親近感と、なぜ隔てられたのかという疑問だ。あなたは個ではないというまなざし。各々が放っている形というもの。あなたは個になりそこなった個だ。個はあなたになりそこなった。
欠けているのは形であり、なだらかに満ち足りているのを、日々に感じているはずだった。
伏せたまぶたの先で、蝋燭が溶けてゆく。私は知人の正面に腰を下ろしていた。発される言葉を待つ。居るのだろう、と知人は言った。私は灯を吹き消した。すっとのびる白い煙が鼻の奥へ、うすもやに漂う。知人は消えた灯を見て俯くと、口元を歪めた。笑みは私へ宛てられたものではなく、知人が自分自身のために浮かべた自嘲の笑みだった。笑みはきっかけもなく、頬や目元から姿を消した。知人は、私を呆然と見詰めた。見るべきものを虚空に、眼を開いている。そしてやおら私の悪戯を説教した。
執着が音の連なりを言葉と思い込んだ。あたたかみも、滑稽さも、いずれもありはしない。言葉は示した瞬間から歪められた事実として残る。己の力では意味を与えられず、五感で受け取ったものを示すことは難しい。感覚は己を含めた何者も信じられるものではない。たとえ声の抑揚から言葉の意味を汲み取れたとして、言葉が一方を指し示していても、形はおぼろげである。音は降りつもり、繰り返される。真意は蓄えた軀の形で響く。
精神の土壌は、数多の信仰の層だ。疑うことを知らず、同時に疑うことを信じ、没頭する。
知人は一方的に喋りつづけた。その声も徐々に呻き声に変わっていった。閉じたまぶたの目頭が濡れていた。私の視線から顔を背ける。仕方のない奴だ。かつて知人は、関わりを保っていられることは、それだけで幸運なことだと思える、と口にしたことがあった。だが、既に……。
他者は勝手に存在を喫する。それぞれに魂の廟があり、背に還る威信をもちながら、供するは八百万の存在である。あらゆる表出が火花を散らす。ひとつの存在として組みこまれながら個の静寂を保ち、限られた点で交わる。
日々のいろどりの全てが澱んでいるように思える。手で顔を覆う。その間に、何日も過ぎたのではないか。
五月四日
こんなつもりでは、と呟く。私は返事をしなかった。
不意に、アあと啼き声が聞こえた。醒めて顔を上げた先に、輪郭をもった影があった。似ている。とても、よく。
七月二十二日
木陰を凝っと見ていた。あの蒐集家が、相も変わらず勝手に庭に入ってきた。私は彼を一瞥もせず、黙って縁側に腰掛けていた。既に辺りは声に満ちていた。醸すように群れて緑色の草叢から発される湿った呼気が、じっとりと肌に纏わりつく。ひぐらしが陽射しの裾を引き留めるように鳴いている。近くの木ではつくつく法師が、私の代わりに沈黙を埋めていた。蒐集家は邸宅を見上げた。端から端まで、右から左へ、窓をひとつずつ舐めるように首を動かした。
縁側の板が軋んだ。揃って、音の鳴る方へ顔を向ける。
何者もいない。「どなたか……」と蒐集家は小声で言った。床を躙る音は、近くまで来ていた。蒐集家は縁側を上がった。私は首を捻って蒐集家を見た。蒐集家は障子を開けた。
木枠の内にあの者が収まっていた。最後の陽光が手前に射す、奥の暗がりに佇んでいる。蒐集家が喉を鳴らした。そして大袈裟に呼吸を甦らせた。「生きている」と嘆息が聞こえた。そうだとも、生きている。
蒐集家はあの者と距離を保ったまま、一切の視線を逸らさずに跪いた。触れぬ所作は礼儀正しい。指が鉤の形に曲げられていた。
お引き取りください、と私は言った。蒐集家は縮緬模様の笑みを私に向けた。「悪いお人だ」と言い、蒐集家は笑みを引きずりながら帰った。私が障子の奥を再び見遣った時には、動くものはなかった。
九月九日
竹籠を思い出す。唐紅色の房を結んだ竹籠に、丸い翅を重ねた鈴虫を飼っていた。金属の声をもつ虫らは、蟹股で脂肪を感じさせる厚みのある腿をしている。細い竹の網目の内で、よく鳴いた。
風流だ、と竹籠を指して人は言う。その声に応えて鳴った喉のわらいは、慈しみと、わずかに侮蔑のいろが含まれていた。
自分の喉を抑え、あの者が首を傾げたのを真似して共に首を傾げる。あの者は唇をすり合わせ、気泡の音を鳴らした。そして、くん、と鳴いて背の腕を片方ずつ伸ばした。鼻を抜けただけの音。返事にも聞こえる声のようなもの。
九月三十日
喉の潤しに、冷やした水蜜桃に刃を入れる。潰して与えるところを、六つに切った欠片のまま、黒文字で刺してあの者の口元へ運んだ。あの者は唇で控えめに挟み、すぐに面を背けた。しつこく唇に当てても食べようとしない。やわらかくなって、果実の表面に滲み出た汁が口の周りを汚しただけだった。ひと舐めでもするのなら、そのまま口をこじ開けることもできようが、いつまでも窄めたままだった。
潰れた水蜜桃は茶色い汁をしたたらせる。上澄みを匙ですくう。あの者はしばらく、きれいにしてやったはずの口の周りを手の甲でこすっていた。
十月三日
雨を頬にたのしむのもよろしいが、私は濡れるのが嫌いだ。あの者を抱き上げ、あずまやで雨宿りをした。一度抱き上げるとその日の散歩の間、降りて歩こうとしなくなる。やすみ、やすみ、抱え直しながら家路を辿る。
前方から老婦人が歩いてきていた。綿毛のような白髪が夜風になびいている。曲がりかけた腰を正すように、胸を反らし、顎を引いている。傘を片手に持ち、地を突くことなく、踵を踏み降ろしている。彼女は私たちの姿を認め、歩みをゆるめた。およそ女は、小さき者と見定めると無分別に親愛を示す。老婦人は早くも、傍を通る時のために胸元のシフォンを膨らませ、傘の柄を両手で握りしめていた。
老婦人は会釈を寄越した。私は軽く頭を下げ、目元をゆるめた。あの者は私の首筋に面を伏せていた。老婦人はあの者を見たが、水を流すように視線を外した。傘を持つ手に、太く血管が浮いていた。私は立ち止まらずに、老婦人とすれ違った。
或る人は、表面に見えるものが現実であり、見えないものばかりを信じることは病のはじまりだと云う。また或る人は、見えるものばかりを信じなさるな、見えない世界にこそ信ずるに価するものがあるのだと云う。
人々の説に従うなら、私は他者の現実と非現実の境で、幻覚と真実そのものとなろう。
十月二十五日
あの者を室内にいれるため、縁側を下りた。庭の隅に姿が見えた。蹲踞まっている。垂れた髪が横顔を隠していた。寄ってみれば、あの者が頬を動かしている。口の端から糸のような細長い脚が、放物線を描き伸びている。閉じた口の周りで脚が踊る。あの者の喉が腔内のものを飲み下そうと動いた。させまいと私はその喉を掴んだ。口をこじ開ける。奥に引っかかっているものを引っ張る。喉が苦しげにあぶくを鳴らしていたが、指で口腔を掻きつづけた。私はあの者を地面に押し倒した。馬乗りになった私の下で、あの者の髪が乱れた。塊が喉の奥から引きずり出されると、あの者の腕は力なく地面に伏せられた。
土に叩きつけられた塊が、ゆっくりと脚を開く。それは見覚えのある細長い花糸で、喉から咲いて千切られた花は、赤黒く枯れかけていた。
十二月一日
時折、床の軋む音が聞こえる。邸内のどこで足音がするかと、私は耳を澄ませる。襖を引く音がしないかと、背後に気を配る。それでいて、何食わぬ顔で過ごす。埃が払われるおかげで、気配を保っている。
一月三日
放っておけば姿が見えないのはいつものことだからと、私は気を抜いて長椅子で眠りかけていた。その折、物の倒れる音が耳に届いた。水回りの方からだった。確かめにゆくと、盥が覆され床が水浸しになっている。暗い水が幽かな光を受けて糊のように伸びてゆく。
飛沫は水回りの外へつづいていた。跡を辿る。廊下の角を曲がり、数歩進んだところで途切れていた。水の滴るものを掬いあげたかのように、忽然と消えている。
私は狭い廊下を見回した。前方には縁側が、後方には来た通路が、右は壁、左は閉ざされている引き戸、床を這うものはおらず、天井に吊られるのは照明のみ。
おもむろに引き戸に手をかける。この部屋は滅多に開けない。よく言い聞かせられた。家のどこにも居なければ、この部屋に居る、と。
指先に力を込めたが、戸を開けられなかった。私は水たまりを片すために、その場を離れた。
二月二十六日
部屋の奥に影があった。誰かといっても邸宅には私とあの者しかいない。暗がりでよく見えないが、俯いて背を曲げているようだった。声をかける。しかし反応がない。
肩に手を置く。随分と角張っていた。触れているのは、外套が掛けられた椅子だった。
三月十日
花瓶に挿していた蝋梅を、枝先を地に向けて持ち歩く。枝から滴った水滴と蕾が点々と廊下に散らばる。影が障子の裏を、音もなく横切る。
霊が枯れ尾花であっても、枯れ尾花が霊であったことはついぞ聞いたことがない。花の霊は、厚い本の隙間で腊葉とつながっている。その神経をあわよくばと写し取ったのは七節である。他もろもろの地に落ちた枝と異なり、七節は地表では不安になるらしい。枝らしさを捨て、風が吹こうが吹くまいが、樹木を目指して歩む。その速さは霊を陵駕する。
一方、枝先で変化する蕾は、その硬軟の合掌を四季に習慣づけている。四六時中その掌を開かないのは、彼らの礼節で、人の時の指標である。
合掌は辞儀の後に開かれる。花々の折り目正しい出会いを境に、人は季節に会い、別れを知る。
蝋梅の枝が私の手に重みを感じさせるとほぼ同時に、すり抜けて床に転がった。
こうして、いくつもすれ違ってきたものの姿がそこにあるのだと、私は繰り返し呟く。
三月二十九日
窓が叩かれる。床が軋む。天井に音が弾む。半ば宙に浮くようにして進んでゆく身のこなしが聞こえる。あれは自らの軀の重みを知らない。
雨脚が踊り狂う。気付けば追っていたはずの足音はとうに消えている。代わりに、隣室から、水が粘りを帯びてすれ合うような音が聞こえてきた。
襖を僅かに開ける。隙間から覗いた座敷の隅で、頭が揺れていた。音が耳を舐る。私は襖を手の甲で軽く叩き、自分がここに立っていることを主張した。頭が振り返る。粘ついた音が失せた。引いた襖の、私の背後から差し込んだ光源が、座敷の隅を滑るように照らす。
着崩れて、見る影もない襟をしていた。ぬらつく赤黒い塊が掌に載せられている。粒と、裂けた繊維が指の間にこぼれる。一握りの果肉がみずみずしく、痙攣していた。
四月二十三日
繰り返す習慣は身に染みついたものというよりは、苦し紛れの願掛けのようだ。戸を叩く手の甲に、痕が残れば慰みにもなるが、到底望めない。
件の手首を眺める。管と肉の房に、脳の底を茶杓でこそがれる心地がする。管は見覚えのある青竹色をしている。意識して見たことがなくとも、眼裏に沈着した色だ。針が突かずに済んだ管のうちの一本が、水面を背鰭で破るように浮きあがる。私は息を詰めていた。時が焦げつく。
四月二十五日
兆しは……なかった。
横たわる軀の褪色した腕だけが、ゆるく曲げていた指を唐突に開花させ、私の手首を撫でた。
張力を奪われた。膝を床に立てていられず、前屈みに腰を曲げ、力なく己の手を委ねるしかなかった。
やがてはじめに、私の中指が動いた。背の腕を、掌から肘に向かって撫でた。そしてまた肘から掌へ、幾度も行きつ戻りつ、静かに辿る。この軀には不釣り合いな、私の見覚えのある腕。一度も見たことがないはずの、肘の内側。滅多にまくられることのない袖の奥。これを、知ることはないはずだった。
互いの指と指とが触れかけたとき、私は咄嗟に鳩尾を庇ったが、喉が既に私を嘲笑っていた。
私はあの者が縮こまらせた腕を、根本から無理を強いて開かせた。皮膚の奥、骨筋の曲線を撫でる。熱や疼痛が生じていても、私には分からない。この腕は今も昔も禍いで、私がそうであると思いたい象徴だった。
あの者は私の下で藻掻いた。皮下に指が沈むほどに、存在を感じる。私は信じて手をゆるめた。背の腕が私の頬を打ち、そして雨垂れるように顎先に指が流れ、留まった。私は両手でその掌を包んだ。やんわりと包んでいた蕾から、腕は背に返すまでもなく、静かにたたまれた。
この者は、私の知る誰でもない。しかしこの時、五感は得たと云った。私は背の腕というものが分からなくなった。
私の下から這い出たあの者は、そのまま這って部屋の隅へ身を寄せた。あの人の椅子へ腰掛けることのない姿に、気が沈む。
豊満とまではいかずとも、やさしい稜線を描く頬と、やわらかな髪。黒眼の透けるうすいまぶた、些か情のない無口な唇。稀薄だった気配をしっかりと肋骨の内に囲い、肌で覆い合わせ、脈打っている。私はあの者に背を向けた。壁際の姿見から布を外せば、そこには知人が立っている。そして知人の背後には、知人を長く見詰める者が居る。
五月九日
行為がどの琴線に触れたのかを、お聞かせ願いたかった。
五月十六日
燕の巣の真下に雛が落ちていた。私が拾うより先に、あの者が片手でその毛束を掴んだ。あの者は握り拳のにおいを嗅ぎ、拳からはみ出た、まだ鞘の残っている細い羽根の感触を確かめていた。そこまではよかったが、おもむろに口にいれようとした。例の如く、私の手が先に出た。拳を遠ざけさせたが、あの者は余程心奪われていたのか遠ざけられてもなお口元を近寄せようとする。仕方なく、片手であの者の口を覆った。蓋をされた口が指の下でなよやかに動く。唇に挟まれ、指の腹が半ば呑まれた。啄むように吸い付かれる。快とも不快とも言いがたい。
手元への注意が疎かになったところで雛を取り上げた。手篭められていたはずだが、私の肝ほどは潰れていなかった。
七月十二日
軀の一部は、粗末に扱われたことに反して信仰されている。
幾度も撫で、腕の内側にも触れる。正しさを確かめるほどに、縋る者の手つきは無作法になる。
眉間に凝りきらない戸惑いが、あの者の相貌に奥行きを与える。私はあの人が傍らにいようとも、具象に掌をかざしつづける。
半ば透け、明瞭さは濁り、輪郭が散る。霊応が五感を差し向ける。一度でも息の吹きかかったものが発する波の喧しさには溜息がでる。
八月二十四日
もし、この者が毛むくじゃらの畜生だったならば、私の足元で四六時中戯れていたとして、歯牙にもかけなかっただろう。蔑ろにしようとは思わないが、節度がある。
共に暮らすことについて、気の向くままに、人に施すには不足、鳥獣に対するには過剰、あの者にとっては、もしかしたら本来は不自然な習慣を強要して過ごさせているのではないか。
十一月十八日
その者に触れてはいけない、と蒐集家に釘を刺す。「よくよく承知致しました」と蒐集家は言うが、手元は正直だ。彼は私の前だと、後ろ手を組む。表向きだけでもご立派である。
十二月十三日
盛んに発せられる音の元を、あの者は不思議そうに見つめる。理解ができずとも、心は汲まれるだろうか。私は座敷に六つの肢をだらりと伸ばして寝そべる姿を見下ろす。
お前の悪い癖だ、と物申す。
一月二十七日
立った時、あの者の頭頂部が私の肩に並んでいた。迫る眼に情を探し、度々覗く。大抵、はっきりしたものは何も読み取れない。それでも日に何度も眼が合う。矯めて視られて、ふと外される。私が顔を向けるや、あの者は眼を伏せる。同時に、喉を動かすこともあった。
着物の袖から自然と垂らされた腕のうち一対は、どことなく痩せ細って植物のようである。
二月十九日
身に回される枯れた腕が、時折首筋まで指を届けてくる。自分はひっそりと目尻をゆるめ、その腰に手を当てる。これ以上はない。冷めた日向の匂いがする。私の掌は熱を帯びているが、この軀は溶けない。
眼前の者へ、あなたは人間ではないのでしょう、と問う。否定も肯定もしない。口のきけないこの生きものを好ましく思う。
三月二十九日
精神が密封された軀のどこに留まっているのか、ついぞ知り得ず、少なくとも身の周りには、軀を離れても己が持続するかどうか、証言をしに帰ってきた者はいなかった。
塵が同じ形に集まることは、如何に成し遂げられるのだろう。記憶の中でさえ、全く同じ時の、土の、風の、物体の、霊的存在の、再現はない。既視感を抱いた自分がそこに居るだけで、以前とは異なっている。信じるとは、存在しない私が感じている響きのようなものだ。
地上に滞留する。霧がかかった姿で、あちこちへと散らばる。鋭敏だった感覚が流れ、全てが通り過ぎてゆく。何かが去ってゆくのはわかる。しかし、それが何なのか感じとることができない。軀がない。触れることも、考えることも、かつての記憶を道標にした虚構だ。
何もかも置き去りに、それでも、消えてはいない。醒めた夢の中で、美しいとも醜いとも思えない世に在る。
目を閉じ、耳を塞ぎ、感じられるのは、あの者がそこに居るということだ。
深くこもった音色が淡く届く。雑多に伝わってくるはずの、生命の音がない。過去に響いている音を聞いている。
左から聞こえていた旋律が背後に回り、右へゆったり流れる。やがて前方へ。そして左へ。周遊する。輪になった旋律の中央で立ち往生する。どこにもゆけない。奏でられている場所は知覚の埒外だ。そこには誰もいない。私を知らず、また私も知らないなにものかが、これといった軀を持たず漂っている。漫然と、無頓着に、翻る。鈍く光る。それが何であったのか……。
滔々と関係を満たすはずだった時間が、私には流れていない。
全ては重なり、なにものでもない潮流へ溶けてゆく。ひとつにはならない。離れた場所で佇み、やがて消える。
私は、卓上に積まれた日誌を見遣った。箱の中にしまわれていたものだ。正午の日差しが窓から室内へ注がれている。既に薄暮を思わせる弱い陽は、部屋の隅までは届かずに、物と影との境をぼかす。
蝋燭を吹き消す。耽ることのできる心象を私は託されたのだろう。
埒外へ。人はこれを、さようならという。自分たちには、感じられなくなってしまったので。
回
カイエ
更新:26/8/2
引越しをしようかと物件見学に行った。その物件は歪なドーナツ型の建物で、いわゆる穴の部分には低木や草が植わっている花壇があり、オートロックの玄関を入らないとそれを見れないのが秘密の花園のようで素敵だったが、湿って陰気な雰囲気が漂っていた。廊下の手すりに、やぶれかぶれの汚れきった傘が何十本もコレクションしてあった。ゴミ捨て場には、生煮えの豚の皮のような乳灰色の何かがぐったり伸びていた。建物の角という角が暗い。日が当たっているはずの外廊下に明るさが全く感じられない。澱んでいた。
引っ越しは諦めた。夕飯にたまごあんかけチャーハンを食べた。
⁂
昼間の商店街を歩いていた。すると、正面方向から腰の曲がったおじいさんが神経質そうにひょこひょこ歩いてきた。何か口の中で唱えている。おじいさんは急に叫んだ。
「もーダメだ! ガマンできない! 漏レ──」
私は元々歩くのが速いので、おじいさんが叫びだした頃にはすっかりすれ違い、声は後方へ遠ざかりつつあった。結末を知るのがおそろしく、復路に同じ道を歩けなかった。
⁂
昨日、大きな鏡を三枚購入して、文机を囲うよう置いてみた。ものを食べたり、こうやって文字を書く間も、自分自身の姿と対峙している。自分を見つめても面白くはない。険しい顔と目が合う。鏡の中の自分と目を合わせると、右横の鏡のさらに奥の鏡にいる自分から視線が飛んでくる。
三面鏡に映る世界のどこかには、悪魔がいるという噂を聞いたことがある。どこで耳にしたのかは覚えていない。覗き込んで、何枚も奥へ奥へと重なる鏡のうちに、姿を探してみる。ふと何かがよぎったような気配がする。気付かないふりをして、つい俯く。
⁂
夢の中で私が住んでいる家は、だいたい駅から二十分以上離れたところにある。太い道路を渡って、線路の金網を左手に歩き、歩道橋を通り過ぎた後に鉄塔の見えるゆるい坂道を登り、地域一帯に家はあれども人が住まずというふうな場所だ。道のりはだいたい一緒だが、家の形はそのときによって異なる。十八階建団地の十五と半分階だったり、二階建てアパートの庭だけを借りていたりする。なぜそんな中途半端な借り方を、と思う。部屋も妙で、外廊下が部屋の中央を通っている賃貸や、窓のない息苦しい賃貸など、不便そうな部屋ばかりである。建物自体も、肩幅より狭い共有階段が当てずっぽうに張り巡らされているせいで一階に辿り着けない人が飛び降りを決行したり、おんぼろすぎて集合住宅なのに私しか住んでいなかったり、エレベーターが常に壊れていて停止階が運任せ且つ床が外れやすかったりする。外れやすいと知っていて「頼む、××階に停まってくれ」と祈りながら乗るのは博打もいいところである。だいたい停まらないから、建設途中の外階段を使うことになる。
どの部屋に住んでいても共通しているのは、うす暗い部屋で、誰かに居場所を知られたか、家賃を払えそうにないといった理由で家を引き払わなければと考えているということ。現実でそのような理由で引っ越しをせざるをえなくなったことは経験したことがない。しかし夢の中では毎回、夜逃げのような危機に見舞われている。
⁂
ヌミノース(numinous)という言葉を知った。自我の力をはるかに超えた圧倒、抗い難い魅力とも表現され、聖なるものから合理的要素と道徳的要素を引いてあらわれる畏敬の感情を起こさせる・感情が生じるようなある体験のことを指す。
ヌミノース……ヌミノース……
神聖な面持ちで口の中で繰り返していると、やがてカピバラとヌーを合体させた巨大なマウスがたちあらわれ、横向きの顔でビタッと脳壁に張り付いた。
ぬみまうす、ぬーまうす、ぬーみまうす、ぬ・みのす、みのたうろす。ヌー・マウス・ミノタウロス……。
⁂
催眠音声の手を借りて意識の階段を下り胎児の夢を遡ったところ、私の過去世は首を括った人だった。部屋の隅、どこに縄を張ったのやら、うつむいて、床のメを視界に捉えていた。さして驚くこともなく、この過去世の光景に私は「やっぱりな」と頷いた。ずっとそんな気がしていたので、催眠誘導によって妄想を濃く描き出しただけかもしれない。それかもしや、体験した過去世は私の未来ではないか。そっくりな部屋を見つけたら、それは私の死期なのではないか。こういった予感は、近からず遠からず、当たる。しかし、そんなことを言いながらも豊かに辛酸を舐め、年月を重ねて、老衰してゆくような気もする。
結局わからない。そのときがくるまでは。
⁂
しょぼくれた草むらの中からアスファルトの道脇、自宅の外階段にまで、たった三十分の散歩の間に大・中・小のカマキリに会った。
全て死にかけていた。
しゃんと立つカマキリは一匹もおらず、蹲り風に体を揺らされているか、腹を見せてうねうねともがいているかのどちらかだった。あるカマキリは、階段の踏み面にあおむけにひっくり返っていた。手のひらいっぱいに乗るくらいの大きさで、捩る腹がよく見えた。私はひいと息を呑んだ。眼下に急に現れたように見え、驚きすぎたので。それはそれは情けない声だった。
踏まないようにしながら階段を上りきる。玄関に入ってから、私は逡巡した。わずかに備わっていたやさしさが、私の手に傘を持たせ、再び出会いの場に戻らせた。
カマキリは変わらず、うぞうぞと足を天に向けてもがいていた。腰を捻ることのできない虫なのだろうか。詳しくないので分からない。ひっくり返ったままということはそういうことなのだろう。私のように階段を上ってくる人には気付かれるだろうが、下りてゆく人には気付かれずに踏まれかねない。
傘の先端を、さあ抱け、とその腕に突き出した。足で立たせたら私の役目は終わりだ。どこへでも行くがいい。
しかし簡単にはいかない。掴んだのを見てひっくり返そうとするとぽろりと体が離れてしまう。私は虫をしっかり観察したいと望……むどころか出来るだけ避けたくらい苦手なので、早くなんとか自立してくれと焦った。
何度か繰り返した末に、カマキリは傘をしっかり抱きしめた。
嫌な予感がした。
予感は的中した。今度は離れてくれない。それどころか私の手元に向かって尻からよじのぼってくる。
堪忍してくれ。お前を元の体勢に戻すまでは誓ったが、他は管轄外だ。
私の動揺をものともせずカマキリは尻をもじもじ振りながら上ってくる。私は傘をそっと振り、この一振りでまたもカマキリがひっくり返って落ちるかもしれないことなど考えもせずにただ離れてくれることを願った。
ぽと……とカマキリは落ちた。
うまいこと足から着地した。
よし、じゃあ、あとはその足で生きるんだぞ。
私は逃げた。
それにしても何故今日はカマキリをたくさん見たのか不思議に思って調べてみた。どうやら十月はカマキリの産卵時期らしい。産みつける枝を探していたのかもしれない。そういえば何となく腹がふっくらしていたような気がする。あれが妊婦だったとしたら、その場に置き去りにしたのは慈愛が足りなかったなと思う。思ったからといって、彼女の元には戻らないのだけれど。
⁂
外の一部が欠けて内が露見する化けものというのは見えたその瞬間といい、蓋をされないでやわらかい部分を晒し続けている鋭敏な痛ましさといい、「触れるべからず」という境遇に不安を覚える。では、内をひっくり返したような化けものが堂々とぬたぬた歩いていたらどうかというと、それはソウイウモノなので脅威に思わない。しかし内を外にしていた化けものが、内をまるめて外を見せたら、どんなに清潔そうな肌理でもおぞましく感じるだろう。最初に出会った姿がナチュラルを印象づける。化けものは化けた後の姿ではなくて、その瞬間にだけ立ち現れる存在かもしれない。それなら、化けものであり続けるものはこの世にいない。
さて、言葉は発した時点で既に変化をあらわにしているが、化けものと認識されない仕組みは、耳や目から入ってきた言葉は、ひとりひとりの体の内であらためて発されるからである。知ったときにはもう飲み込んでいる。言葉は限りなく近くにいる化けものだ。それが変化することに、気付かないままの。
⁂
人間の感情について。四つに分けると「喜怒哀楽」。感情を表現するには、飛び跳ねる、拳を振り上げる、叫ぶといった動きの他に、言葉という手段がある。では、その感情を伝える言葉はどれくらいあるのだろう。
表現の数が多い、幅が広いということは、それだけ感じているということで、伝えたい想いも大きいのではないかと思う。しかも長引く感情だ。時間が経っても反芻しやすければ、表現の幅も広がる。臨場感をもって伝わるかは別として、この味は何だろうな、と考える余裕と割ける冷静さは豊かさに繋がるはずだ。
そこでもし「喜」の表現が多かったら、人間は根から幅広い喜びに満ちているという結論に至れる。そんな気がした。
さっそく類語辞典を開く。ざっと見たところ……怒・哀が、圧倒的に多い。喜・楽のおおよそ二倍だ。それだけ多くの怒りや哀しみを人間は表現しようと、せっせと言葉を紡いだらしい。「生き残るには危険から身を遠ざける方が手っ取り早い、だから嫌な記憶ほど脳に残りやすいようになっている」と誰かが云っていた気がする。言葉もその通りだった。人間は怒りと哀しみに生きている。愛だ喜びだ幸せだ、と単純な言葉を繰り返し口にするのは、保ちにくい性質だからだろう。そうして主張されるのは、脅迫的欠乏感。かなしい生きものだ。
⁂
人が「眠っている間に見た」という夢を書いた文章で、面白く思えたものがない。
荒唐無稽、支離滅裂、破綻した物語に見合わない合理性が現れる陳腐な表現。そして、お約束かのように描かれる性的な象徴、直接の裸体。またその繰り返し。絵ならまだ抽象を伝えることができようが、文字は整然としすぎる。
商業の文章さえそんな調子なので、他人に自分が見た奇天烈な夢を語るなぞ、退屈で旨味のないことの代表だと思っていた。
けれど最近、人から夢の話を直に聞く機会がどういうわけか多く、その話を聞くことを楽しんでいる自分がいることに気が付いた。積極的に人の話に耳を傾けてさえいた。
生身の人間の声(=音)からは文字で綴りきれないイントネーションを拾うことができる。話の続きを促すことも、解釈の片棒を担ぐこともできる。会話はリアルタイムで行われる夢の続きのようなもので、スペクタクルに取り込まれ、共々流れてゆく。
夢を思い出しながら喋る人の横顔を盗み見る。彼らは皆、近いどこかを眺望する不思議な眼差しをしている。
⁂
自動車道の遮音壁の下に、ヒヨドリが蕾のように丸まっている。死骸だった。私はその横を通り過ぎた。そのままにしておけば自然に還る。コンクリートの上に横たわっていたとしても、どこかから自然はやってきて、ヒヨドリを連れ去るだろうと思った。
しかし、しばらく歩いて、どうも後ろ髪を引かれる。来た道を引き返し、ヒヨドリを手に拾い上げた。
やわらかい羽毛の奥に貝殻のように薄くて固いころりとした体があった。手のひらにくつろいで収まる。目が細く開いていた。乾きかけて膜を張っている。濁りのない暗い目だ。ヒビの入った硝子玉のようだった。そっと体をひっくり返すと喉に赤い血管がはしっている。くちばしの先が砕けていた。壁にぶつかって死んだらしい。
どこかにこのヒヨドリが安らげそうな場所があるだろうか、と探して歩く。手にヒヨドリを載せていると、すれ違う人が体の向きを変える。
手のひらがあたたかい。羽毛と手のひらの間がじんわりぬくまって、ヒヨドリがまだ生きているのではないかと思えるくらいだった。けれども生きているはずがない。……どの瞬間だったか、土を探すうちに、あたたかいと感じていた手のひらが、ふ、と冷たくなった。
ふらりと雑木林に入る。頭上から鳥の囀りが盛んに聞こえる。ヒヨドリを拾った場所からたいして離れていない。もしかしたら、このヒヨドリも生前にこの樹の上で囀っていたことがあったかもしれない。
低木の陰に葉の寝床をつくり、松の枯れ葉をかけて寝かせた。
⁂
学生の頃に住んでいた場所は川と雑木林が家路にあり、狸が頻繁にコンクリートで固められた道路を横断していた。私が家路を急ぐ横で彼らも生活に奔走し、たったたったと目の前を通り過ぎる。街路灯の下の狸は黒くてむっくりしている。むっくりと丸くても、毛の奥に野生の引き締まった体があることが伝わってくる。私は彼らを見かける度に凝っと見て、その尻尾が草むらに消えるまで目を離さないが、彼らはこちらを一瞥もしない。
⁂
夜に電柱を見上げると、頭の大きな胎児が及び腰で細い支柱にしがみついている。月か星を探そうとしたが、大人よりも大きく膨張した胎児がとげとげしいコードに繋がれて街路灯に照らされているばかりで、その向こうに夜空はなかった。底冷えのする夜だ。明日はもっと冷え込むと聞く。
⁂
ある年の引っ越しでは、持っていたのは衣類・貴重品・数冊の本・日記帳と筆記具・ノートパソコン・携帯電話・電気膝掛けだった。ボストンバッグに収まる量で、引っ越してからそのまま一年間、家具を買わずに過ごした。部屋にカーテンをかけることもしなかった。段ボールを敷いて、コートを掛布団代わりにしていた。「誰に居所を知られようと、いつでも飛び出していけるように」と身軽でいたかった。
今はその頃に比べると所持品が増えた。快適さや安定に目を向けるようになり、住みよくはなった。けれどもたまに、快適さのために活用されているものたちを重荷に感じることがある。
⁂
図書館から借りた本から柔軟剤の香りがする。ページをめくると、やさしい香りがふわりとたちのぼる。この本は、香りがしみわたるくらい、開かれては閉じ、懐に持たれては伏せられ、ひとつの家でゆっくり読まれてきたのだろう……と香りをたのしんでいたら、『天に染みあり』とラベルが張られていることに気が付いた。
⁂
住んでいる部屋の隣は半年以上もの長い間、空き家だ。郵便ポストはガムテープが貼られたままで、誰かが引っ越してきた形跡はない。しかし、たまにその部屋から人が暮らしている気配がする。歌声であったり、ごとりと床にものを置くような音であったり、蛇口の栓を捻るような、きゅっという音もする。全て、壁の向こうに誰かが住んでいる音だ。ポストを封印したまま住んでいるのか、私がずっと勘違いしているだけなのか、不思議だ。
⁂
どっちつかずでいるというのはどちらのおいしいところも食べたいという意地汚い欲望です。しかしどちらかであることが美しいというのではありません。到底のぞめず、削ぎ落とせないとわかっているものに美が宿ると私は思います。そもそも叶わないことに、どうやら価値を見出すようです。
不完全なものの内に美があるということも考えられますが、現実には隠そうとする壁があまりに厚く汚らわしく目もあてられないので、美が奥にあるなどと見入る隙がありません。露出されていない美は、結局美しくないのです。
⁂
ばあさんがつけているブローチのような虫がいた。おばあさんではなく、ばあさんである。粒の模様がビーズのようで、ぴかぴかしていた。その数歩先にはヤモリが脱皮したらしい皮がぼろぼろになって落ちていた。擦り切れた魔法使いのローブのようだった。
⁂
ヤン・シュヴァンクマイエルの妖怪コラージュを部屋の壁に貼ってから数週間。セピア色の紙が二十枚、ぎっしり並んでいる景色もすっかり馴染んだ。掃除や、ネットサーフィンの途中にふっと視線を上げると目に入る。ベッドの中に天狗の頭がある絵であったり、がしゃどくろが召使の装いで寝ている姿を覗き見していたり、女の人面犬が石頭の子にとびかかっている絵だったりと、どの絵もどこかしら不穏だ。しかし色調がまとまっているからか、不思議と落ち着く。なんとなく眺めてしまう。癒やされる心地がした。
ところが、そんな安らぎを絵は裏切った。ぱさりと勝手にはがれて落ちたのだ。ほんとうに驚いた。部屋に私以外の人がいるのかと思った。どきどきして、まだ床に絵を落としたままだ。拾うのは明日以降にしようと思う。
⁂
そこにありそうでなかったが、しかしやはりあったのではないか。恐い話となると、人が発狂したり死んだりと、明らかな生命の危機に晒される話が多い。それらはやはり恐いことは恐いのだけれども、実際に遭遇する怪異というのはもっと日常的で頻繁にあるのではないかと思う。ただ見落としていることが多いので怪談になっていないのだろう。遭遇していても不思議だなと思わなければ記憶に残るわけがない。人生に影響を与えないが、ちらちら見える。その瞬間を怪しと言う。
⁂
凪いだ気分だ。半分眠っているような心地で過ごしている。生活費を稼ぐ仕事が、複雑なものでなくてよかったと思う。おかげで落ち着いていられる。けれどもこの状態を保っていていいのか、不安になる。それはとても薄い膜のような不安だ。あまりにも薄く、ぱっと目には見えないので、無視をしようと思えばできる。不安の膜などないのだと思い込もうとする。それでも膜を感じるとき、別の方法で、膜は誰にでもあるものだと自分を慰める。膜のない人生は誰ひとり送っておらず、架空の人間生活で、作られた話の中にしか現れないと考える。
昨晩は夢の中で、友人が自殺をした。夢の中の私が数ヶ月後に決行しようと密かに計画していたことを、その友人はさらりとやってのけた。私は友人の前兆を見抜けなかった。最後に会ったとき、私は友人に再会を約束していた。離れるのは私の方だと思っていたからこそ、できた約束だった。
亡くなったと聞いてもなお、私が感じている世界には友人が生きている気配があった。私が先に友人との約束を反故にするつもりでいたし、友人は私のように嘘の約束をする人ではなかった。誰が何と言おうとも、私には友人の存在が感じられた。どこかで生きているという感覚。ただ、私に会いにこないだけなのだという確信があった。
だから目が覚めたとき、数秒の混乱の後に現実が周りに戻ってくると、「ほら、感じていたとおり」と小さく息を吐いた。夢だったじゃないか。携帯を見ると、渦中に勝手に据えられた友人からのメッセージが届いていた。私が数日前に送っていたメッセージへの、簡単な返信だった。微笑ましくて、涙が出た。
⁂
説教くさい物語なんてうんざりだろう、という語り部に、そうだその通りよく分かっていらっしゃる、と拍手をした。この語り部は信用できるかもしれない。期待を胸にしていたが、話が進むと〜傲慢さの罪と本当の愛について〜記した垂れ幕が天から下りてきた。それはまだ黙って(仏頂面をしつつ)受け入れてもよかったが、物語を閉じた後がいけない。後書きに寄せて、編者が著者の博識さを現実の知識の実例を引っ張ってきて褒め称えたばかりに、前のめりに信じようとした物語が、フィクションだということがはっきりしてしまった。その物語は本来であれば、自分の身にも起こるかもしれないという想像の余地を残すような物語だった。
こうして人は人の善意を前にして、失望し、あったはずのもうひとつの世界から引き剥がされてゆく。よろこぶのは「自分は子供の心を忘れていない」と思い込んでいる人だけだ。
⁂
雑木林を訪れた。年始にヒヨドリを埋めた場所だ。頭上で鳥たちが囀っている。松の枯れ葉をかきわけた。骨は見つからなかった。
⁂
ちらっと霊が見えるのは歓迎されない。これは一般的な心情だ。しかし時と場合によっては、霊のチラ見えも喜びをもたらす。見えるものが増える経験は、好奇心が充たされる。
ただ、たとえ見えることに喜ぶ人間であっても、最初から両手をあげて喜ばないのは、その霊が見知らぬ人であり、自分に害をなすかもしれないという不安があるからだ。眠れなくなるのは勘弁してほしいし、理不尽な呪いも避けるにこしたことはない。生きていようが死んでいようが、自分のプライベートに礼儀もなく押し入られたら不快に思うのは当然だ。不適切なコミュニケーションをつづけて、いつまでも健康でいられる人間は少ない。霊が健全な親しい知り合いになってくれるなら嬉しく思うという塩梅が、生きている側にとって都合がよい。
⁂
「電線には、たまに人が座っているね」
と言ってみたら同意を示した友人がいて、今はもう縁が切れてしまったが、思い出の中で印象深い。
海辺で波の間に立つ電柱の景色を学友と眺めていたときは、前触れなく寂寥とした思いに囚われた。現在はその海岸は封鎖されている。
まっすぐでも斜めでも、コンクリートでも木でも、電線に繋がれて柱が並んでいる光景は、人のしがらみに見える。彼らは私の頭上で手を繋いで黙り込んでいる。
日本の道路を全て無電柱化するとなると、約二千七百年かかるそうだ。地中に埋める無電柱化は昭和六十一年から始まり、整備をすすめている最中だと謂う。二千七百年もかけていたら電柱は電柱としての役割を失って、地面に埋められていそうである。
⁂
まとめるまでもない短い話。
まだ少女だったミヤは「懸命に務めさせていただきます」と私に頭を下げて言った。かぼそく聞き取りにくい声だった。拙いが、それでも私は雇うことにした。適正があるかなどは、どうでもよかった。務めると言っている。それだけで。
ミヤは私が話しかけても目を伏せたままで、紺色の前掛けの前で重ねた手に拳を握るか、膝を少し折り曲げて声を出さずに返事をする。私は、はじめこそ声による返事がないのを不満に思い、ミヤにしつこく言い迫ったが、頑なに口を聞こうとしない彼女に根負けして次第に要求しなくなった。返事をしないこと以外は、ミヤは一度伝えたことは必ず守り、やり遂げ、忘れることがなかった。
ある日、雇い人たちの部屋の扉が僅かに開いていた。内の光が廊下に漏れている。話し声が聞こえた。声の主は、数週間前に迎えたばかりの老婦人のものだった。ひとりごとかと思った。しかしどうも調子からして、他にも人がいる。話し相手がいるらしい。私は扉の前にそっと立ち、耳をそばだてた。
「旦那様の奥様、あの御方の顔色の悪さといったら……あれは気味が悪いですよ。昔のお写真を見せていただきましたが、今とは別人のようではありませんか。まるで土の下にでもいたかのような色です。病気かと思いますね。あの神経質さ、落ち着かなさ。どこか療養所でお休みになられたほうがよろしいのではないかと私は申し上げたくなります。というか申し上げたのですが、片側の口の端をね、こう、クイッと引きつらせて頷くだけで、ちっとも取り合ってくださらない。心配損です。何か大きな隠し事をしているように思えます」
たしかに私の妻は、体調が思わしくないように見える。ただそれは周期的なものだと私は思っている。あれも何か甚大なことがあれば私に黙ったままではいないだろうから、話をしてこない限りは放っておいている。だがさすがに生ける屍かのようと言われては、もっと気に掛けてやるべきかと揺らぐ。
顎を撫でて思案していると、老婦人の声の後に、さやさやとそよ風のような掠れた声が聞こえてきた。
「……奥様はご病気ではございません。たしかにとても繊細な方でいらっしゃいますが、それはこの時期の旦那様を想ってのことなのです。三年前のこと、奥様は宣託で『いつか春の頃に最も大切なものが狂うだろう』と受けたのです。奥様はまさか旦那様がとお考えになって、それがいつの春のことなのか、季節が巡る度に気が気でないのです。春が過ぎてしまえば、また一年は大丈夫と胸を撫で下ろすことができます。あの御方は、夏は輝くように美しく笑うのですよ。旦那様のお心を乱さないように、静かに胸の内にしまっていらっしゃる。わたくしはそんなふうに耐え忍んでいるお姿を……あのように……憂いた横顔……それでも……」
ほうとやさしい溜息の音がした。それを聞いて、私はこの娘を雇ってよかったと思った。
⁂
自転車に乗って、その場所に初めて行った。山を幾つか超え、地図を片手に苦労して辿り着いた。着く前に日が暮れるのではないかと思った。公共交通機関が通っていない場所だと思っていたが、着いてみると電車が走っていた。二両編成の電車である。奥の秘境だと聞いていたのに、両方向に伸びる線路に私は目を白黒させてしまった。しかも秘境は、しっかりとした観光地らしく温泉宿や足湯が至る所にあった。石畳も敷かれている。私はかなりの遠回りをしてやってきただけだった。解せないなあと思いながらも宿に泊まった。
そこの宿の主人は狐のような咳払いをし、夜になってみるとやはり人間ではなかった。おいそれの間に、顔のない浴衣の男や狸の団体、山風の客が宿帳に名を書き込み、宿は魑魅魍魎だらけとなった。
まあそれはいいのだ。何が同じ宿に泊まろうが、別に私が食われる訳ではないのだから。
私は坂の上にあるという露天風呂を目指して、桶と手ぬぐいを片手に出掛けた。日が暮れる。夜がきても、ここは温泉街ゆえに道に行燈が灯っており、迷うことはない。ただ奇妙なのは、夏なのに秋の虫が草むらで鳴いている。露天風呂には桜の花びらが浮いている。自分が知る四季の光景とは、ちょっとばかりズレている。それでも、よい湯に浸かれればそんな常識は些細なことだ。
翌日、私は自転車に乗って、夕立に遭いながら行きに通った道を戻り帰った。
で、その温泉街にまた行きたいと思って行こうとするのだが、地図で見つけられない。一度行ったことのある場所だからと記憶を頼りに自転車で走りだすが、知った道に出会えない。地名を思い出そうとしても、思い出せない。たしか、『手』という漢字を使った名だったはずだ。うんうん唸って首を捻る。景色だけは覚えていた。あの場所に向かう途中の段々畑で揺れていた金色の稲や、山道で見上げた一枚岩から降り注ぐ滝。橋の脇に道祖神。木々をくぐって、ぽつんと立った電灯を右に、ゆるやかな坂を下る。澄んだ川に吹く冷気。こんなにもくっきりと思い出せるのに、いざ足を運ぼうとすると、その景色も霧がかかって頭から消えてしまう。そして離れるとまた見えるようになって、行きたいという気持ちばかりが募る。
もう二度と行けないのかもしれない、と肩を落としかけたときだった。
「思い出した!」
私はパッ! と目を開け、枕元の鉛筆を手に取った。そして脳裏に甦った地名を手帳に記録しようとした。
これであの場所に行けるぞ! やった! 今度の休暇はそこへ旅行しよう!
しかし書こうとした瞬間から、いかに荒唐無稽な発想で夢の中の地へ旅行しようと意気込んでいたのか、押し寄せてきた現実の感覚に高揚は潰えてしまった。
⁂
家を空けるときのために、昔、最も身軽だった引越のときに選んだ所持品を書き記しておく。
▼28㍑のボストンバッグ(1泊10㍑がサイズの目安らしい)に、貴重品・衣類・精神的なよりどころになるものを詰める。
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【貴重品】
財布(現金)
キャッシュカード・通帳
身分証明書(運転免許証・保険証・パスポートなど)
印鑑(実印・銀行印)
年金手帳
【衣類】(3日分。身につけている分を含む)
下着×3
肌着(春夏)×3
肌着(秋冬)×3
長袖シャツ×3
羽織り×2
ズボン×2
部屋着×1
靴下×3
靴×2
コート×1
ハンカチ×2
手提げ鞄×1
【その他】
スマホ
ノートパソコン
充電器(スマホ用・PC用)
ヘッドホン
電気膝掛け
日記帳
筆記用具(シャープペンシル・替え芯・消しゴム)
本(6冊前後)
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身分証明ができれば、パスポートや年金手帳は再交付が可能。
印鑑は変更の届け出を各機関に提出すればよい。
お金があれば大抵のことは解決する。
電気膝掛けは重宝した。冬の間、暖房の代わりに。夜は床に敷いて布団代わりに使える。
▼以下のリストは定住先で買い足した暮らしを整える消耗品と家具・家電類。
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【消耗品】
石けん
シャンプー
ヘアオイル
衛生品(薬や日焼け止め、リップクリームなどの化粧品)
トイレットペーパー
ティッシュ
絞れるキッチンペーパー
台所洗剤
トイレ洗剤
漂白剤
洗濯洗剤
ウタマロ洗剤
スポンジ
バスブラシ
サランラップ
ガムテープ
ゴミ袋
防災セット
【日用品】
歯磨きセット(歯ブラシ・歯磨き粉・フロス・洗口液・ショットグラス)
ボディブラシ
石けん置き
タオル4枚
爪切り
耳かき
櫛
浄水器
ティーポット
ティーコゼー
コップ
箸
スプーン
フォーク
お椀
丸皿
ペティナイフ
フライパン(18センチ)
フライパンの蓋
マルチポット
まな板
ざる
おたま
フライ返し
大さじ
箒
ちりとり
はたき
羽毛の掛け布団
薄手の毛布(ダブルサイズ)
ハンディシュレッダー
はさみ
ハンガー
ミニ裁縫道具(針・針山・糸・糸通し・糸切り鋏)
靴磨きセット(ブラシ・クリーム・布巾)
遮光カーテン ※窓を1枚で覆えるサイズ
【家具】
机
椅子
【家電】
シェーバー
冷蔵庫(冷凍庫つき)
洗濯機(ドラム式・乾燥機能あり)
ドライヤー
└────────────────┘
羽毛布団などのシーズンものや防災セットを除き、家の中にある物は、ほぼ毎日、手に取って使う状態でありたい。
これらがあれば自分にとって充分な快適さを保つことができる。それが分かっているだけで、何度でも暮らしを立て直せる気がする。
⁂
パスタソースをきしめんうどんにかけてもよいという自由が私にはある。
ミートソース……たらこクリーム……カルボナーラ……うどんはしっかり水を切ること。
不思議と、そうめんにパスタソースは好みじゃない。麺が太いだけで評価している可能性が、ちょっとある。
今日もうどんを買ってきた……どうしてフェットゥチーネを選ばないのだろう。
⁂
『世のどこかには、似た者がいるのだろうと思って、これを書くことにする。
……書くことにすると記しながら、もう記すことがないと思い始めている。
どのように生きるかということを、誰に何を主張する必要があるのだろう。彼らも私も、とっくのとうに個々の人生に取り組んで生き、死んだ。
この文は、あるべき姿を鼓舞するためのものではない。不自然に折れた樹木のトンネルや、漂着した空のメッセージボトルのようなものだ。
蔭に立てば、殆どの人には気付かれない。気配を感じたのか、目を遣ってきた人も、そこに見るのは暗がりばかり。何もないと判断すれば、やがて目を逸らす。
無知と不寛容の茨を小刀で切り落とす。獣道の先の小屋で、暖炉にくべる。燃える火が照らすその姿の影に、静かに佇んでいる。これを孤独といって嘆き悲しむべきだろうか。』
⁂
縫い目や手触り、大きさの印象を知りたくて、写実的な造形の猫のぬいぐるみを購入した。イタリア製である。長毛種の猫で、おそらくペルシャのゴールデンと思われる。曖昧な理由は、輸入のアンティークぬいぐるみで情報がなく、ぬいぐるみの特徴と合致する猫がいないからだ。平坦なマズル、狸のような丸い耳、額に縞模様の毛が生えている。ペルシャに似ているが、琥珀色の目と毛色の組み合わせが、既存の品種に合わない。
手元で見たことで、ぬいぐるみを作るときに注意を払うべき点が分かった。まず、あまりに造形がリアルだと剥製のようで、癒やされるような可愛らしさとは離れる。リアルであるがゆえに動かないことに違和感がでて、怖い。動きそうで動かず、落ちつかない。目に入る度に本物か否か判断を試されることになるので疲れる。そしてリアルであるからこそ、リアルにはないであろうモノとしての雑さが目に付く。毛繕いをしないがゆえの、体毛の乱れだ。違和感を覚えてしまう要素のひとつだろう。抱き上げたときの軽さと、体の芯の硬さも、硬い厚紙に毛をはりつけているかのようであたたかみに欠ける。
欠点を色々挙げたが、よいところも勿論ある。見た目については太い足とふさふさの尻尾がとても可愛い。やや不満そうな目と口元も可愛い。胸元から足下にかけての体毛の膨らみがすばらしい。うなじから腰、尻にかけての曲線もなめらかで、撫で甲斐のあるくびれをしている。毛の下で呼吸をしていそうな、自然なボディラインである。
しかしどうも私がぬいぐるみに求めるのは、くったりとした重さと柔らかさらしく、このぬいぐるみでは満足できない。素材かデザインのどちらかでデフォルメをしないと、ぬいぐるみが得意とする安心感には繋がらない。今回の購入品は理想のぬいぐるみではなかったが、学びになるいい買い物だった。
⁂
日中を怠惰に過ごすと、夜の夢がとんでもなく面白くなる。一日を取り返したい脳は、埃が出るまで私を叩く。あの手この手で繰り出される夢は、私の目に涙を浮かばせたり、にやにやと笑わせたり、恐怖に慄かせたり、ナルシシズムに浸らせたりする。
夢はいずれ途切れる。ふっと目が覚めるときがくる。私は惜しむ。一瞬前まで自分は充実した世界にいた。だからすぐに戻ろうとする。眠りから目覚めた私の現実は、布団に横たわる自分にはなく、目を閉じて見える世界にある。
目を閉じても、夢の世界はたったの一秒も待っていてはくれない。布団が現実みを帯びるなら、そのときにはもう遙か彼方へ消えかけている。まず追いつくことはできない。
布団に取り残されて、たしかに真実だった世界を、思い出すことのできない思い出として懐かしむ。暇人の時間つぶしである。
⁂
世の中の人は、お喋りと食事を器用に両立させているように見える。
私は料理に注意を向けると、カトラリーを口に運ぶまでの手の動かし方や料理の色・風味に気を取られて会話をおろそかにしてしまう。かといって会話を気にすると、皿の上で無駄な動きが増えて食べ物の味が分からなくなる。ちょうどいい塩梅がなく、どちらかが犠牲になる。だから不味いものでも「おいしい」と言うし、おいしいものでもろくに味わわずに飲み込んで何を食べたか忘れる。
たちの悪いことに私の頭の中には花が咲いているので、黙っていても味に集中していないという時がままある。頭の中の花は全く深刻なことはなく、道端の、ぺんぺん草くらいの面白い花だ。たまにこのぺんぺん草を目の前の相手に渡せそうな機会がやってくる。私と食事を共にする者が一本のぺんぺん草を喜ぶ相手ならいいが、そうでなければ全く面白くないだろう。大抵の人は私の脳内のぺんぺん草に理解を示してくれるものの、相手の笑顔を引き出そうとすれば私はぺんぺん草を百本の束にして振り回さなければならない。百本も束ねたら、それはぺんぺんどころではない。デンデンとかダンダラとかドンシャンとか、別の草である。
⁂
学生の頃の思い出。
修学旅行で、消灯後にお喋りがはじまった。
同級生たちは賑やかで優しかった。どのような内容でもいいから、暴露話をするということで、教室でほとんど喋ったことがない私のことも仲間にいれてくれた。
一人目が話したのは、好きな子のことだった。
二人目が話したのは、はじめて恋をした漫画のキャラクターのことだった。
三人目が話したのは、漫画に影響されて自分には超能力があると信じ、能力もないのにそれらしい態度をとっていたことがあるということだった。
四人目が話したのは、本物の霊感があるらしい祖母のことだった。
そして五人目。私の番だった。
これといって話すことが思い浮かばず、困った。しかし黙ったままではいられない。せっかく楽しげにしているところに水を差すことになってしまう。そこで四人目が披露した心霊話に則って、話を捏造することにした。
「あまり見ないほうがいいと思うんだけど、この部屋の天井の換気口、ちょくちょく誰かがさ、指を突き出してきているよね。みんながいないときに、ふと天井を見上げたら、グリグリ動いていたよ。さっきも……」
ぎゃあっとあがった悲鳴は、笑い混じりの愉快なものだった。いささか話を装飾しすぎた気もしたが、夜の特別な空気が私を助けてくれた。怖がりすぎた者は面白おかしくからかわれた。
そこからは怪談話に花が咲いた。見回りのために部屋を覗いた教師の
「寝なさい」
と言う低い声も効果的な舞台装置となる。
でっちあげが功を奏し、楽しい雰囲気を壊さずに済んだことに、私は胸をなでおろした。
翌日の夜、夕飯前の自由時間に部屋へ行くと、昨晩枕を並べた生徒が珍しくひとりぼっちでいた。私は
「そろそろ食堂に行かないと」
と誘ったが
「うん……」
と煮え切らない返事だ。その子はチラと天井を見上げた。私も見上げた。
換気口から静かに空気が流れる音が聞こえる。
その子は上を向いたまま
「あそこ……」
と呟いた。声が震えていた。
昨晩の私の作り話のせいだと思った。下手に怖がらせてしまったことを反省し、本当のことを話そうと心に決め、息を深く吸った。
しかし私が話を切り出すより先に、その子はまばたきひとつせずに言った。
「やっぱり、いるかぁ」
⁂
イギリスに対して、日本と同じ島国だというところに私はやけに親近感を覚えているのだが、どうも人の気質というか、超自然的な力の扱いは異なるように思う。イギリスが剣と魔法の国だというのなら、日本は刀とまじないの国で、使う道具を並べるなら、杖(英)と札(日)だろうか。
魔力の扱いについて、杖は向けた先に作用する。エネルギーは自分の内部にある。札は自然から力を授かり、別のものに作用させている。エネルギーは自分の外部にあり、自分の体は媒介だ。
ところで人間は鳥のように飛ぶことはできず、体ひとつで出来るのは水平方向への移動である。飛ぶ・浮くといったことは、人間は鳥や虫、ふわふわの綿毛ではないので、搭載されてはいない。できないことには神秘や聖を感じる。天から飛来するものは人間ではないし、授けられるものは上から下へ贈られる。
魔法は水平の不思議な力で、まじないは垂直の不思議な力なのかもしれない。自然を制圧できるかできないかの違い(実際に自然を制圧することが可能かは別として、自然に対する意識やとっかかる姿勢の違い)があるような気がする。為ると在るの違いだろう。
こういうことは、例をだしなさい&論理的に書きなさいとなるべきところだが、なんだか面倒くさいので、「なんとなく思った」でやめておく。全てが信用のならない所感である。
⁂
仏僧が着る三衣のうち安陀会(あんだえ)は、古来では下着にあたるものを指しているそうだ。
「アンダーうエぁ……」
恵比寿顔で呟く。
⁂
どういうわけか、最近「他人のことを考えろ」とやたら見聞きする。「他人の目線でモノを考えろ」「言葉は他人にどう作用させたいのか考えて発しろ」「あなたと接する人の気持ちを慮れ」等々。
私の気遣いは現在、『節約モード』なので、そろそろ高く志していかなければならないなあと心の底で思っているのかもしれない。無自覚に、目と耳が先に働いている気がして、では少し気をつけてみようかと思った。
このサイトで出来る他者への気遣いのひとつは、文章のレイアウトだろう。
Bloggerには栞がない。青空文庫のアプリケーションのように、本と同じようにめくることのできる機能があればまだしも、私のホームページにそのような機能はないし、読み込みが重くなるので付ける気もない。通信制限中でも早く表示されることに重きを置いている。
では栞のない不便はどうするかといえば、読み手側に、スクリーンショットで管理してもらうなり、ページを開いたままにしてもらうなりすればいい……ああ他力本願。工夫を余所に強いるなんて、「他人のことを考えていない」。
これではいかん。栞の代わりに、ほどよい文字数でページを区切っておこうか、と考える。
エェ、ほどよい文字数とはいくつなのだ。
紙とインターネットと比較し、1ページに何文字があるのかと調べてみると、
・文庫本……見開きで約1200〜1500文字。
・ネットの記事……1000〜6000字
らしい。
がしかし、だ。
現在、長くて3万文字でひとまとまりの文を掲載しようとしている。ネット記事の平均からすると、長すぎる。3万文字は短編小説の量である。区切ったほうがよさそうだが、私は「続きを読む」ために押すボタンが嫌いだ。正確には、タイトルからページに飛んだ後に、読むためにまたボタンを押すという選択が嫌だ。二度も言わせるでないよ、一回で最後まで読ませなさいよ、と鼻息を荒くしてしまう。選択を二度、聞かれる⸺たったこれだけのことで、「そんなに先を読むか読まないか確かめてくるなら、止めておくか……」と読むのを止めてしまう。
さらに投稿する身からすると、ページを区切るのは、面倒なのである。
ちまちまとページを区切って、次のページと前のページへのリンクを入れて……という作業をするのは、後から編集するのも、ややこしい。どうせ数ヶ月に一編しか投稿しないのだから、地道にやればいいのかもしれないが、気持ちよくない。ページを区切るのは、文の流れを不本意にせき止めるようで、気がすすまない。
となると、何文字あろうが1ページに載せることになる。ページを区切らないのは、雰囲気を損なわないためである。興醒めないように……と一応、考えたうえでの決定なのだ。これで何とか、他人のことを《考えた》ことにはならないだろうか。
追記:ウェブサイトの背景をすべて黒にすると、画面の反射で鏡のようになる。目に映る情報量が意図せず増えてしまうので、デザインが崩れる。画面外からの干渉は少ない方が可読性も高まり、好ましく思う……。
⁂
虫がいない。以前は集合住宅の外廊下に、迷える尺取り虫・翅を休める蛾・転がるコガネ虫・飛ぶ蜘蛛・壁を歩く羽虫がぼちぼちいたのだが、めっきり見ない。暑さのせいで、ここまでやってくる気力が削がれているのだろうか。それとも外壁の色が塗り替わったことで、魅力を感じなくなったのだろうか。両方かもしれない。ハエトリグモと面妖な蛾が訪ねてこなくなったことだけはつまらない。こと昆虫に関して、私は差別主義者である。
⁂
九月の末のことであるが、家の前の道路にカマキリがいた。腹に赤茶色の線が入った細身のカマキリだった。家の付近で出くわすのは一昨年以来である。そのときのカマキリの子かもしれない。一昨年のカマキリは階段の途中にいたため、踏まれやしないかと心配して私は傘を差しだした。あのカマキリは尻からふりふりと傘をのぼってきたのを覚えている。今年のカマキリは道路に居る。……こいつらはどうしてそう、いかにも踏まれそうな場所にいるのだ。すんでのところで立ち止まった私の足に、チラリと顔を向けてくる。
私は
──お前の家族の顔を知っているよ。
と懐かしみ、傘を差しだした。途端にカマキリは傘の石突きに乗り、短距離走選手のような早さで駆け上ってきた。
私は、ぎえっと慄いて傘を地面に置いた。やはり虫は苦手だ。尻から登ってきた先祖といい、本当に、苦手だ。それでもちょっかいを出すのは、不注意にもぺしゃんこにされてしまう彼らを見たくないからだ。カマキリよ、巨大生物や巨大車輪の往来が激しい道では、宙を見て呆けている場合ではない。
傘を引きずり、道の端へとカマキリを寄せた。カマキリは怪しむかのように地面に下りた。私は今年も無事に傘を取り戻し、一方的に恩を売ったと思っている。
⁂
プラナリアは無性生殖で知られている。切れば増える。切れば切るほど……は増えない。切り方を誤れば、ただ崩れ、溶けて消えるらしい。
もし人がそのような生き物であったなら、切り離された自分′が元の大きさへ戻るまでの過程が、いま言うところの子育てにあたるだろう。
その場合、自己愛の濃淡が、そのまま育成の優劣になる気がする。
優劣がついてしまったら、やがて問う自分′がいるかもしれない。「なぜ、この世に刻み落としたのだ」と。
アダムとイヴでもなければ、イザナギとイザナミでもない。起源は己の内に置かれる。光あれと呟いたのは余所の神ではなく、光があったと自分が呟いた。高天原にいたのは自分であるし、その後の仕事も全て自分が為した。偉大なる自己神である。
地をのさばるうちに、どこかで判断するものが出てくるだろうか。「これ以上は切るべきではない」と。切断そのものを忌避する個体が現れないとはいえない。雑に切られた自分は、丁寧に切られた自分を羨むのか。羨望はどこかへ向くのか。
祖の自分、原風景の自分というものが、自分と自分′と、そのさらにほか多数へと語り継がれてゆくわけだ。気分は挿し木である。困難に対する基本は、おそらく増殖になる。数で推して参るのだ。司令塔はいないが、何となく生き残る。有性生殖の現在より、死は……軽く、なるのだろうか。
いや、そんなことはない。切断される前の自分は、あくまで自分でしかない。不運な自分にはなりたくないといって、苦い顔をするだろう。自分′が増えるほど、運の良い自分と悪い自分が、くっきりと分かれていく。至上の自分と劣悪な自分が、同時に存在していると知れてしまう。可視化に耐えられる気がしない。果たして自分が自分′を哀れんで、助けの手を伸ばすかどうか……。
神は自分が無性生殖をする存在であることに気付けないよう、設計されたし。かしこみかしこみ申す。
⁂
人を、人間ではない他の生きものに例える。たとえば女性ならば蝶や牡丹や蛇、男性なら兜虫や青竹や狼に例えることがある。それはその人の本質をもっとも表していると思われる面を、他の生きものの突出した特徴になぞらえているわけだが、これを対面で本人に言う時は、少し難しい。
ある知り合いが、人間関係を説明するのにこの手法を使った。
「Xさんは豹でしょう、Yさんは雌ライオンでしょう」
私はこのとき、にやにやしながら聞いていた。たしかに、Xさんはしなやかな性格をしており、たまにピリッと鋭いことを言う女性であるし、Yさんは実質その場の支配権を握る女性である。
分かるなあ、と頷いていたら、知り合いは
「それであなたは……」
と続けた。私のことも例えてくれるとは思ってもいなかったので、胸が高鳴った。
「ん〜……ハエ!」
高らかな判決だった。知り合いは
「こう、まわりをうまいこと飛び回っているやつ。主に肉食獣の」
と続けた。私は笑いがしばらく止まらなかった。当時の私は、あっちでもこっちでも人と喋り、人間関係の派閥というものにほとんど属していなかった。柔軟とも八方美人ともいわれる立ち位置にいた。
知り合いは、ハエだと言ってもこいつは気を悪くしないと確信していたのであろう。目が悪戯っぽく輝いていた。
自分がハエであると言われたことが嬉しかった。それは、知り合いが私の行動を十分に観察し、一般的には悪口のようでも破綻しない、と私との関係を信じてくれたからだった。
これが
「あなたは蝶……女性のまわりをひらひらと飛んで、おいしい蜜を吸っているから……」
なんて言われても、まあ、同じくらい嬉しいかもしれない。であれば、なぜ私はハエでなければならなかったのか。
すばやさでは、ハエの方が蝶より上だろう。捕らえにくさもハエが上だろう。追い払ってもしばらくその場で旋回しているあたり、ハエである。胡麻を擂っているようで、実は毛繕いをしている手も……絶対に、ハエ!
⁂
居酒屋が並ぶ裏通りを歩く。じきに日暮れである。電球がちらほらと光り始めている。私は道が人で溢れる前に、この道を抜けたかった。だから前方しか気にしていなかった。
しかし何かが急に、私の顔を左に向かせた。
十字に伸びた大通りの中央に、人が立っていた。
実った瓢箪のように、頭部がくびれていた。両目がくびれを挟んで、ほとんど縦に並んでいた。よれよれのチェック模様のシャツを着て、その人はただ立っていた。立っていただけだった。
私はその人を見たが、まさに見ただけで済ませた。
立ち止まらなかった。それが全てだ。
梅肉
梅の木の下で、ご婦人方とその子供たちが茣蓙を広げておりました。私のほうは、彼女らのいる場所から十本ほど離れた梅の木の根元で敷布を広げ、冷たい地に腰を下ろしておりました。膝に開いた本は、とある頁から捲らずに抑えたままです。
ご婦人方はみな、パンに似て丸々と、とびきりやわらかそうにふっくら膨らんでおりました。白く粉けのある腕と、はみ出んばかりの太腿に幼子を抱いています。頭でっかちな、ようやくひとりで歩けるようになったくらいの子です。子はパンに比べると張りがあって、例えるならソーセージでした。
パンとソーセージが蠢いているのを見ていると、唾が粘り喉に張り付きます。
ソーセージがパンからはみ出ました。ずるりとこぼれて茣蓙の上へ転がります。食材を落とした光景をうっかり見てしまった私は、目を逸しました。
場所を変えようと思いました。しかし私が腰を浮かせたとき、ご婦人方もちょうど立ち上がって荷物を畳みはじめました。
それならばもうすこしこの場所にいましょう。
浮いた尻を再び地面につけることにしました。
ご婦人方はやわらかな体を重たげに揺らして子供を抱え、小さな指に荷物をひっかけました。やがて連なって、ゆったりと梅園から歩き去りました。
私はご婦人の後ろ髪が見えなくなるまで、そのまろやかな背を追い、木立に遮られたところで視線を戻しました。と、そこで、ん、と声が漏れました。
跡地に何かが転がっています。
生成り色のタオルが丸まっています。丁寧に掘り返された筍のように硬く包まれていました。
どうやらご婦人方の忘れものです。しかし忘れるには大きすぎました。ずっしり抱えられそうな重さがあるのではないか、と遠目でも察せられます。
廃棄物を置いていったのでしようか。しかし花見の廃棄物をタオルで包む人を、今まで見たことがありません。それにタオルがあまりにも清潔に輝いています。廃棄したとは全く信じられません。
不思議がっていると、一羽の鴉が飛んできて、包みの近くに着地しました。包みを警戒し、周りを跳ねています。首を傾け、頭の横についた目で観察しています。やがて鴉は大胆に、太い嘴で包みを突きました。鴉はごろりと揺れた包みに驚いて、羽を広げて飛び退きました。揺れがおさまると、またそろりと近寄りました。
放っておけば中身が散らかされそうでした。一羽だけだったところへ二羽、三羽と次々に集まり、彼らは群がって包みの端をひっぱりはじめました。
包みが再びごろりと転がると、私の心臓が奇妙に波打ちました。何かに気付かなければいけない気がしました。頭で理解していないけれども、私はとうに気付いているはずでした。首筋が硬く緊張しています。鴉はもう臆せずに包みに飛びかかってゆきます。包みは絶え間なく揺らされ……揺れています。
いけない。
私は跳ぶように駆け出していました。群がっている鴉に腕を振りまわし、追い払おうとしました。
突進してきた人間に、鴉たちは鋭く鳴き、散り散りに飛んで逃げました。
息を荒げて、私は包みの傍で立ち尽くしました。
「子供……」
口から勝手に漏れた声が、耳に届きました。
言葉は考えてから紡ぐものと、叫び声のように咄嗟に発せられるものがありますが、これは後者でした。包みの中身が未だ見えずとも、私は自らの発した声を、言葉通りに理解しました。
対峙してしまった後悔が、頭の中を這いずりまわって口元を歪ませました。子供は鴉に襲われていたのに、泣きもせずにいたようです。
私は包まれた子供を抱き上げました。
やわらかでした。胸元にかきあつめて抱かなければ、不安定でぐにゃぐにゃと、こぼれ落ちそうになります。子供は私の胸に寄りかかって抱かれました。
私には、自分自身のやさしげな挙動とは裏腹に、子供に何の感情も湧きませんでした。
気まぐれのほとばしりが、親切な人間として子供を守りに向かわせたのですが、ただそれだけでした。それでも、傍から見れば事実はひとつ。子を助けたのです。
子は、なまごみのようなぬくもりがありました。
風が梅林をそよそよと、袂を振るように私たちの鼻先へ香りを撒きました。風は、梅の香りと、腐りかけた臭気を漂わせていました。腕の中で、包みがぐずつきました。
私は包みをそっと開きました。
それは確かに子供であり、よく捏ねられた肉叢でした。
お陰様
母さん。あなたは話を聞くよりも、自分の話を聞かせたがりました。僕がそっぽを向いていても、構わずに話しつづけるくらい、お喋りが好きであることを、僕はよく知っています。
父さん。あなたはよく笑います。どんな話にも、歯を見せます。笑顔は最大の武器であると、僕はあなたから学びました。
僕は、お二人がそれぞれ自分自身を大切にしていたように、己を大切にすることを覚えました。このようにしていられるのも、父さんと母さんのおかげです。けれども、あなたたちは、とんでもない、と謙遜なさる。
たしかに全てが素晴らしかったとは言えません。あなたたちは、おそるおそる話をしようとした僕を鼻であしらいました。人の目を見て話せないのは、碌な人間ではないと言いました。
しかしそれは仕方のないことです。礼儀作法の教えでした。違いますか。
このことに関しては、ほんの少しだけ、僕は根に持っています。実のところ、僕が目を合わせなかったのではなく、あなたたちが僕から目を逸らしていたでしょう。
傍にいても遠くに感じることは、どれほど辛いか、想像はできるのではありませんか。
子は勝手に育ちますが、その勝手というのは、体が大きくなるだけのことです。僕があなたたちに抱くべき気持ちは、本来であれば、あなたたちが育まなければならないものでした。
僕は寂しい。
あなたたちを責めはしません。
ただ、寂しいのです。
僕は孤独に、あなたたちの我が子への思いを理解するよう努めてきました。
僕は押し入れから見ていました。机の下でしゃがんでいました。カーテンに包まれていました。扉を一枚へだてた廊下から、家族団欒のぬくもりを感じていました。
癇癪を起こして物を飛ばしたこともありました。
あなたたちは全てを無視しました。
父さん、母さん、僕はあなたたちの子がうらやましい。あの子が生まれる前から、僕は一緒に暮らしていました。僕も家族の一員でしょう。家族はお互いに協力して、助け合って生きていくものと言っていたじゃありませんか。もう、変な宗教に頼るのをやめてください。僕を排除しようとしないでください。御札を破り、塩を蹴散らして、僕を家に迎え入れてください。あなたたちの子は変わりました。今まで通りにはゆきません。
僕に全てを任せてください。
そうすれば、あなたたちと僕はしっかり目を合わせられるでしょう。
かつて慰めがあったように
:生きている最中の人が発したばかりの言葉は、意味を考えてはいけない。
:私と人の間には溝がある。行動と言葉で埋めようとしている。だが、信じて無となる、その誠実。
:人の姿でいることが、いつまでも馴染まず、どのように他人はこれが人だと見定めているのだろうか。
:これらは語られ尽くしている。けれどもここでは、語り尽くされていない。
⁂
:傲慢は天資だ。
:人は自分がそうだと認めたものを人間と呼ぶ。私は「他人が人間だと認めている大半の者たち」を、そうだと認めてはいない。たとえ一度、人間として接したことがあろうとも、それが昔からずっと続いて今も人間だとは限らない。
:断片が人間だったのか、私は疑い続けている。
:納得せずとも生きること、生かすことはできる。
:人はときに、人ならざるものと化す。いつ何時、如何にして、何故なるのか、定かではない。
:自分自身でさえ人間であるのかどうか定められず、しかし同時に、自分だけが人間だとも思う。
:この世では、信用ならない他人の目が審判を下す。
:真実の姿など誰にもわからない。妄想の型に嵌められている。
:否定されても、肯定されても不愉快だ。
:尊敬する人はいない。そもそも人を拒絶している。
:当然のように心の拠り所とする人がいない。共にいて落ち着ける人などいない。人は共にいることを望まない。表した感情は、全て不適切だった。
:根を嫌悪している。どんなに美しく魅力的とされるものが積まれても、慕うことができない。
:だが自身もまた、この世における怪しい他人のうちの一人である。
:このような私が、他者の何を分かっているのか。人間のことだけではない。人以外の全てにおいても、全く何も識らない。
:それでも人の存在をまず認めなくては話がすすまない。
:仮にも自分が人で、人の感覚を通しているのだから、他の何を頼るというのか。排除しようというのは無理がある。
:個が知ることの全てが、他者には不可知だといっても過言ではないかもしれない。
:分かりあうというのは妄想だ。知ったことも妄想だ。
:たとえば視界の端で虫が這っているのを見かける。焦点を合わせると、その虫は消える。虫以上に大きいものもいる。子犬や、蹲った人くらいの大きな塊がいる。確かに、いると認めたが、目を向けると……消える。
:壁の内側を這ったなら、壁紙が浮いて波打った形が残るか破れるかするはずである。壁を触る。見た目にも、手触りにも、不自然な凹凸はない。こうして確かめてみれば、壁の内側を這わなくなる。
:すると、床や家具の影をかすめるようになった。しかしやはり、そんなものはいないはずなのだ。五感を説得するには根気がいる。
:空白が、蠢く何かを見せるのだろうか。
:それならば信じるか信じないかという選択の話になってきた。
:私自身がどのような形の者であったのかを、自分で分かっているつもりでいつづけているのは、過去に受けてきた扱いの数々のおかげである。
:私は人の世に生まれた。そこには私と似たような形のものが大勢おり、人と呼ばれていた。
:或る人間のはらわたから捻出され、知らされないうちに生きることが始まっていた。生まれる、生きはじめる、生きるというのは、本人の意思などというものは関係もなく企てられることだ。
:人の腹から出るだけで、何人の手がそれを生かしただろう。少し時を遡れば、母胎もろともそれは生かされていた。
:産道を通る前に殺されることがなかったというだけのことだ。
:喜怒哀楽の何れの感情がそれに向けられていようと、生きるものとして扱われたことは事実だった。
:生まれてしまったからには仕方がないだろう。
:それは人の手によって育てられた。元は新鮮な肉塊だった。なぜ生きているのか。人が放っておかなかったからだ。
:だが父も母も無く自分が現れた気がする。
:既に色々なものから影響を受け、少なからず周囲に影響を与え、跡を残してきた。
:他人の思想が何を述べようと、自分の感覚で得たものに勝る真実はない。地に根ざした感覚として落とし込まれていないなら、自身にとって虚構だ。
:証明されないことであろうとも感覚を得た。だから真実だと言い張る。真の妄想だ。
:感情を許すとは、気持ちよい悪意である。
:人の声が、既にそこにいる気配が、厭わしい。
:しかしこの世からいなくなった者は違う。あの者らは何といっても、もうこちらに声をよこさないし、主張もしてこない。
:この世にいない者の話のほうが聞き取りやすく、含みがあるように思えるのは、自身が能動的にならなければ一切を無視できるからだ。
:早くその言葉に耳を傾けたいので、あちらへいってくれないかと願っている。
:歩く音は不幸の知らせ。声は呪詛。聞いた者の内臓が捻れる。近づいても遠のいても、害を為す。
:音を出すなと言うのは残酷だろうから、譲歩して言う。もっと静かに、と。
:お前は出てこなくてよろしい、という戒めを記す。出直した時には、静かになっているだろう。
:そもそも存在は常に過剰であることを肯定する。
:この世は在ることが規則で、無さえも在る。生命は死に向かいながら模倣と増殖を絶やさず、死に続け、死を生む。
:生産することを善しとした者たちの末裔が、物質世界を牛耳る。
:最初に人は暴力を振るう。望まれたかのように苦痛を与え、喜ぶ。人々は祝う。幸せになってほしい、と言う。
:存在することに、さも語るべき意義があるのだと信じている。
:なぜ、生きることを善しとするのか。なぜ、生きてゆけることを善しとするのか。なぜ、生が前提なのか。なぜ、これを目指すような態度でいるのか。問うことで乱れる調和は誰の借りものか。忌避したものは何か。なぜ……答えようとするのか。
:穏やかな口調だった。やさしく聞こえた。だが、その人の口角は歪み、下がっていた。
:粘土を盛ったような笑顔がこちらに向けられていた。顔の半分だけが吊り上がっている。鏡を布で隠した。
:つなぎの骨が軋んで煩い。
:気付かれないよう、人の横を静かに通り過ぎる。通り過ぎたのなら、あとは振り向かずにいることだ。もし確かめようと振り向けば、その人は今にこちらに気付く。
:夜道、前方の背を追う。向かう先が同じらしく、一定の距離を保って歩く。私は先をゆく背中を見つめていた。もし、私がここであの背中に詰め寄ったなら、と考えていた。前方の人が振り返った。こちらを認めたその人は、また前を向いて歩きだした。しばらくするとまた振り返った。しきりに背後を気にしていた。
:隣を歩く人はいないが、私の前方を歩いた人は大勢いたようで、足跡がたくさん残っている。しかしその足跡さえも、以前に自分が通った名残かもしれない。
:晴れやかな景色を見渡す。私は空を飛べる。下に落ちるわけがない。
:ふと目を伏せた先で、誰かが蠢いている。あれは、いったい何がしたいのだろう。他人事のように見つめる。
:不適合。個性は醜さの一歩手前。
:水に棲む者は、海藻のうねりを見て、陸の木のざわめきのようと表現するだろう。
:人に生まれ、他者の功績を介して生きている。依存し、生かされている。自分は恩恵を返せずにいる。搾取をして生きている。罪悪感がある。生きていることに否定的でいる。それでも息を止められずにいる。
:妄想の世界に逃げた。想像力のたくましさが自分を救うと同時に、痛めつけた。自己嫌悪ですら己に構う行為だ。自罰的であっても、それは慰めに繋がっている。
:己への愛を自分で試していた。
:ここで言った愛は、どうぞお好きなように解釈されるがよろしい。先人達は既に、無数の愛の形があると五月蠅く語ってきた。とても便利な言葉であるから、便乗させていただこうではないか。
:頭がおかしい、気が利かない、馬鹿で、精神が弱い、首を括ってしまえばいいような……そうだろうとも、と認めることで、自分を特別な存在として扱う。
:愛の善行を促され、たちまち反抗する。善意は、やさしさの皮を隠れ蓑とした脅迫だ。人にやさしくすることを道義として指示をする人がいる。対象から直接に要求があれば、まだやさしさを発揮できるだろうが、自分と対象の間に割って入ってきた第三者が、取るべき態度を指示するとは。誰かを喜ばせるために、他人を利用するとは。
:やさしくしてあげてください、と他人から言ってもらっている人を嘲る。嫌だと言う私の声を聞き入れない善人が、私を良心から引き剥がす。
:このようなことを一瞬でも考えない人が、幸せに笑って人と関わってゆける。
:生命は、疑わないものを愛する。
:ゆえに欺く。態度を改めよ。
⁂
:俯いて歩いていると、みみずが地面でのたうち回っていた。体の半分が黒く乾涸びていた。
:またある日は、蟬が地面に落ちていた。翅が点々と散らばっている。半身がすり潰されていた。粉の一部は誰かの靴の裏にこびりついているのだろう。もしかしたら前方に粉の道が続いているかもしれない、と顔を上げた。
:道の真ん中に、白く毛足の長い玉ころがぷかぷか浮いていた。風に吹かれて遊ぶ細い毛は、磯巾着が揺れているようだった。
:象徴を記憶した。みみずも蝉も、地上の白い磯巾着も、覚えておくべきだとみなした理由は、そこにあったからではない。
:人の話を聞いているのか、と問われ、頷くことができない。ではあなたは人の話を聞いているのか、と聞くこともできない。だが何か返さねばいけないということだけはわかる気がするので、もう少し聞いていようと考えていたんだと返そうとしているが、できた試しがない。
:その時は確かに無価値な会話だった。屑籠のちり紙のほうが、価値があるように思えた。屑籠の編み目や、ちり紙に皺が何本あるかということは、今ここにいる自分がつぶさに観察しなければ見落とされてしまうと切実に感じていた。そうして大事にしているものが、人にはわからない。大事なものが同じ瞬間に一致するとは限らない。
:同一であることを求めている。それが幻覚であろうとも、同じであれば喜んで神輿を担ぐ。
:さて、どの部分からほつれて破綻するだろう。
:見なかったら、何を見るのか。
:何かがおかしい。視界がぼやけている。手触りが既知と異なる。食べものから香りが消えた。硬くて噛み切れない。これは食べものなのか、指なのか。
:言葉が理解できなくなったとき、名を失ったものたちの境界が見えなくなった。
:しかし即座に、あれは「何か」だ。それは「何か」だ。つまり「何か」である、と即席の名をつけ、窮地を脱する。巧みに機能する性質を備えている。
:記憶の中の渓谷は、木々が川に向かってせり出し、鬱蒼としていた。岩は苔むして水に濡れていた。住宅地にありながら、生活から切り離された空間だった。しかし今、川は整地され魚は一匹も泳いでいない。木は伐採され、渓谷沿いの家が丸見えだ。渓谷はあばらを数本、抜き取られたようだ。目に寒い。しばらくここには来まい。
:散歩途中の和菓子屋で買った菓子を食べる。乾いた饅頭だった。味がしなかった。餡には白髪が練り込まれていた。
:日が暮れて、公園に立ち寄った。日中は子供が遊ぶ賑やかな公園だというのに、夕暮れには人々が遊びに来るようには思えないほど陰鬱な気配が漂う。常緑樹ばかりで、冬も葉が閉鎖的な蔭をつくっている。
:ベンチに腰掛けた。半刻もしないうちに帳が下りた。見上げて視界におさまらない大樹の、葉と葉の間から誰かがこちらを見ているような気がする。あれが気のせいでなければよいと思う。そこに誰も知らないような未知の何かがいてくれたら、どんなに脳を麻痺させて、心臓を躍らせるだろう。
:初めは恐ろしくとも、触れる生の感覚がすぐに上回り、恐怖は鈍る。
:暗がりに慣れることと畏れを忘れることは同じではない。近頃は暗がりを照らしすぎるので、息づかいを感じられるものと逢うことが難しい。自ら暗がりに身を置こうとしなければ、一寸も見えない。
:息。身近な循環。渦巻く真っ只中である。つむじは渦を巻いているし、指紋も渦を巻いている。思考も渦を巻く。
:渦中にて、かの人を知る者が、かの人と話したときの風景を再現した。しかし、かの人を知っているのは再現したその一人だけだったので、人々は別の者を慕った。いかにもくどくど泣く、演技をした者を真の姿であると称賛した。
:久しぶりに連絡をとり、変わらぬ声にカランと空虚な響きがあった。まるで昔と変わらない気の抜けたやりとりをする声が不愉快だった。自分の内面が変わりすぎたのかもしれない。親しい口調が、今となっては耳障りだ。
:大事にしていたものを燃やされたとき、怒っただろうか。否、平気な顔をしていた。ああ、そう、大事なものだったのだけれど、燃やしたのか。わかった。それならこれも、燃やすのかい。大丈夫だ。これも全く大事ではないから。
:愛する人というのは幻で、この手で愛そうと関わった時点で、愛した人でなくなっている。
:ここから何里も離れた森の、木の葉の間を抜ける風を聞くかのように、耳をそばだてる。人のしがらみを忘れているあいだは、生も死もない気がする。そう、気がするばかりだ。
:あのふたりの間では、目を合わせるだけで何かがわかって、声をあげて笑わずにはいられないらしい。ふたり以外には隠されており、見当もつかないような、目に見えぬものがあるらしい。
:体が重い。汚れている。醜い。這いつくばる。わけもなくかなしくなり、きっかけもなく活気づき、元気になったと思えば潰える。何があるということもない。何とかして気を逸らそうとしても、頭が働かず、この状況を打ち明ける相手もいない。
:項垂れて手のひらを見る。重ねてきたものを思うと吐き気がする。
:椅子に座るのがいよいよ面倒で腹ばいになる。狭い部屋の地平線が、ずいぶん遠くに見えた。
:本当は全て、人の臓物のなかで起こっており、目の前には何もない。
:だが気のせいでもなく、誰かが家にいる。こちらへ向かってくる足音がする。一、二、三、四、五、六歩。戸には鍵をかけていたはずだ。最初から同居の者はいない。人がいるわけがない。
:幻聴だと理解していれば、笑い声がたびたび聞こえても、まだ耳元では聞こえていないのだから気に病むことはないだろう、と落ち着いていられる。
:たまたまここにいると思っているにすぎない。ありとあらゆるところに点在し、自らを知らぬままに、のばしたり引っ込めたりしている。いったい自分はどこにいるのか。自分が知っている自分は、どこにいってしまったのか。
:ものを数えられなくなった。何をしたか覚えていられない。うまくやらなければ排斥されるだろうと険しい顔で考え込んでいる。
:物陰に顔がある。壁を背にしていても、背後を知らない人が横切る。息切れをおこす。地に足をつけていようと踏ん張らなければ、倒れて頭を打ってしまう。
:目がかすむ、焦点が合わない。ぼやけているのは文字だけではない。
:見分けようとしている。そんなことは無駄なことだ。必要のない詮索だ。
:臓腑を見た。同じ機能をもった臓腑をどれだけ等しく揃えていても、一式をまとめると不揃いになった。
:何かしなければ生きられないということが全て不快だ。この疎ましい感覚をどうしたらよいのか、誰も答えない。
:問答にふさわしい場かどうか、考えた末に、沈黙を選んできた。すると、何も考えていないのだと侮られる。自刃を鞘におさめていたとはみなされない。
:この先も生ある人に、哀れな事実を聞かせて何になるだろう。その人に悲しい思い出が増えるだけだ。越権行為かもしれないが、事実は不要と判断し、黙っていた。ここには正義も美もない。
:その人の行為は「下劣」だった。私はその人に「理解」と「尊重」を掲げながら、胸の内では「屑肉」に分類した。すると却ってその人は寛ぎ、私に心を見せた。
:私の美意識は、負の感情を土台としている。
:だが拠り所がない。住む場所はあっても、寄る辺がない。気楽でいるが、同時に危機感に苛まれる。自由でありながら、どこにも留まってはいけない気がする。
:信仰と違和感に迷い、結局、疑心暗鬼に陥ったままだ。言葉は軽薄だ。穴だらけだ。
:この自分というやつは誰なのか。知らないうちに付き合わされて、辟易する。
:生来の気質だ。何もかもが苦痛だ。どうしようもない。
:百年経てば問答無用で自分がいなくなるといっても、今の慰めにならない。
:自分は注意深く隠してきた。深く関わらないことが、人と交わした約束だ。
:先陣を切る。それだけのこと。無闇に恐れたり嫌悪したりしなくてもよい。嫌だと駄々をこねるのをやめたい。興味が湧いたという、たった一瞬の気分で実行に移せる。
:ひとりでも充分だ、と本を貪り読んだとして、その本を書いたのは他の人だ。ひとりではない。
:孤独で夢見がち。現実を生きない。ないものを想い、片足を欄干にかける。自分は不幸だと自惚れる。
:人、人、人──人のことばかり。記されるのは人のことばかりだ。基準は人。うんざりする。
:縄は結えるためにある。望みを結ぼう。
:夢の中で別の人生を歩んだ。昨日が何十年も昔のことのように思われる。自分の心臓が脈打つ音が遠くに聞こえ、いつになったら目を覚ますのだろうと呆けている。
:草むらの間に、子供や恋人達が埋もれている幸福な絵を見た。
:「あの花壇に咲いているチューリップは何色ですか」という問いに「今年はたくさんのコスモスが咲きました」という答えを得たことで、切り捨てた関係がある。
:不要と言ったものを寄越し、必要と言ったものを唾棄する。対話はあってもなくても同じ。どのような返事をしても、道はひとつしかない。
:現象の羅列でさえ、文字になれば人を離れることはできない。
:体の感覚に基づいた言葉は不快を引き寄せた。
:身に即せなかった言葉が捉えられなくなってゆく。自分の言葉が消えてゆく。とどまらなければならない。多少強引な方法でも。
:心情を飾りつけたくどい不平は、たとえ元凶が責められるに相応しい行いをしていたとしても、並べるうちに人の耳と心に栓をさせ、反感の種を育てる。
:異端者を倫理的優位に置く。他者の倫理を揺さぶる体裁をとる。その実質は、異端者の無自覚な糾弾だ。
:書きとめようとすると言葉に迷う。書きとめるつもりがなく、ただ座ってぼんやりしていると、迷わずに言葉が集まってくる。ただし、まとまっているというわけではない。
:感覚は言葉になった時点で、もとの生命を削がれている。言葉は死骸を指す。
:人を借りて自身の感情を語る怠惰。わかったような気になっている傲慢。
:協力とは服従することだと教わった。その人が「協力してください」と口にするとき、それは「わたくしが思い描くように従いなさい」と言っている。本人は相手の為にもなる善いことを促していると思って、清い面をしている。思考も感覚もねじくれていることに気付いていない。そんな状態を美しく正しいと思っている。
:苦しみを負わずに人から大切にされることはないと思いたかった。
:思い出を何度も取り出しては眺める。幸せがいくつもあった。思い出に嘘をつく。どこが嘘なのかは知らない。
:つまらない過去を回顧する日がある。今日を過ごさなかったが、体は明日へと運ばれる。
:もしかすると幸福な幼少期があったのかもしれない。けれども自分が思い出せるのは選択肢に死が輝いたあの時からばかりで、それより前の、選択なく生きていた頃は思い出せない。言葉を知るより以前の自分は、この世に何を見ていたのだろう。
:大人という者は、子供はこういうものだろうとわかった顔をするが、そんな大人へ務めを果たそうとして、欲しがるそぶりを見せたり喜んだふりをしたりするのが子供だ。
:幼いからといって、考えられないのではない。うまいこと伝える術にまだ出会っていないか、表現を許されていないだけだ。
:私がおかしいのか、彼らがおかしいのか、それは見る人によって意見が変わるだろうが、物質世界に生きる以上、どんなことであっても、最終的に殺そうとなれば、大勢で包囲するのが上手い手だ。私には肉体がひとつしかないことを思うと、孤軍も甚だしく、不利である。
:結ぶ糸はない。今後、糸を結ぼうとすることもない。なぜならあなたは存在しない。あなたは見えない。たとえ過去に糸を結んでいた気がしても、それは記憶違いだ。
:自分がもう一人いたらよいのにと考える。もう一人の自分は自分と同じように語ることをよしとするので、居心地がいいに違いない。だが他の人はそうは考えないらしい。もう一人の自分がいても面倒なだけだとか、自分の嫌な部分は直視したくない、と言う。
:昔はとてもやさしかったのに、などと言っても無駄だ。都合のよい人はもういない。自覚もなしに、心を踏み躙りつづけたのは、他でもなく誰か、言わせるつもりか。
:泣いたとて、もう遅い。修復のための選択肢は何度も踏み躙られた。己が何をしているか顧みようとしなかった。踏み躙られてなお我慢し続けた者が、どうしてまた踏まれろと命じられて従うのか。
:恨みを唱えずに去るのだから、ありがたいことだろう。元凶がなくなるのだ。今、たとえ涙が流れようが、この先は煩わされずに済む。これ以上に穏やかなことがあるだろうか。
:ああ、それらしく振る舞うことをやめてよかった。
:早く離れなければ、生涯を終えることになっていた。
:もし自分があと少しでも、やさしい気遣いを備えた人であったなら、今頃は土の下にいた。
:いなくなれ、と頭蓋骨の内から聞こえる声は、かつてはもっと明瞭に聞こえていた。最近はなりを潜めつつある。それでもふとした瞬間に、まだか、と耳元で声がする。はっとして立ち止まる。純粋な目が、内側からこちらを見ている。まだか、と聞かれる度に自分は黙り込む。今じゃないならいつなのか、と焦れたように問い詰められる。いつだってよいけれど今はまだ、とはぐらかす。
:今となっては、いないほうが都合がよい。
:気難しげで近寄りがたいといわれるので、微笑みをたやさず朗らかにいることを心がけていると、必要のないところで嗤う嫌なやつだといわれる。では、と自然にまかせて気をぬいていると、不機嫌でいるなと罵られる。結局どのようであれ、人を不愉快にさせる。諦めて付き合いを減らそう。
:普通の感覚がわからないのに人並みがいいなどと考えるのは莫迦だ。
:そこにあるもの全てを己の内に、流れに身を任せ、ただあるものをあるままに自らと同化させようとする。純と無と、理屈などなしに触れる。全て幻であろうとも、あまりにも現実に感じられる。
:感じるからこそ、誰と関係を築こうと、徒労に終わる。
:ろくに知りもせず自分を信用しきらないこと。それは見えず聞けず触れず、自分には関わることができないものかもしれない。そういうものがあると覚えておくこと。
:崇高な感情を輝きで表すことに異を唱えたくなった。崇高は輝かなくてはいけないものではない。自分が知る限り、澱みの中に沈んでいたあれほど崇高なものはいなかった。あれが輝いていると感じたことはない。あれは暗がりをさまよい、いるのかいないのかもわからない。畏怖とも違う。
:当然のごとく、たまには笑ったのだ。当然のごとく、その者もまた人だった。
:大切にしているものが大切に扱われないことに、まだ納得していない。
:望みもしないものを日々与えられるというのは、こうも不自由なものか。善意は人の自由を侵す。ほどこす側はいつもわからないものだ。それは自分も同じ。
:未来に謁見するために、過去と現在を否定する必要があった。
:四六時中生きることは喧しい。
:生きているあいだ、話すことは必要とされていない。
:夢の中でさえ眠りを妨げてくる人がいる。
:後頭部の声は自分を導いてきた。幼い頃からいる声で、落ち込んだとき、頭こそ撫でてはくれなかったが、一緒になって空想に付き合ってくれた。この声を空想の中で痛めつけ、あそんだ。
:一度抱いてしまった希死念慮というのは終生なくなるものではなく、ただ表面に出てきにくくなるだけで、そこにあり続ける。ふとしたときに水の底から形を現すように浮き上がってきて、石か、魚か、わからなかった何かであったそれが死体であったことを知らせてくる。浮かび上がったそれを眺めながら生きることは、不幸ではない。自身がそれを死体であると知っていてやらなければ、誰が目にかけてやるというのか。誰かには活きのよい魚と思われたままで、誰かには何もない水面と思われたままで、本来の姿を知られないまま浮き沈みを繰り返す姿は、間違いなく自分の姿だというのに。
:話すことは虚しいことだ。人はあてにならない。声に耳を傾けるのは自分だけだ。
:煮えたぎる怒りのようなものを感じるが、それはやはり感性の不一致、相性の問題という陳腐な説明に終わる。合わせていると碌なことがないと感じるのは当然だ。問題は自分にある。いつだって、感じる側の自分に。
:奇妙な昂ぶりが、頭の中で、内ではなく上空のほうで、宙の壁にぶつかり跳ね回っている。羽虫のように頭にたかってくる。思考が唸る。文字が見えているが、言葉が見えない。いくつも溢れ、絡まり合って、黒ずんだ塊はあるというのに、連ならない。
:今の暮らしを手に入れるまで、「家」が心休まる場所だと思わなかった。自分以外に誰もいない、何者も帰ってこないという安心。ずっと脅かされていたのだ。物心がついた頃……もしかしたら、つく以前から。刷り込まれた環境で、鈍くも、鋭くも、与えられ続けた不快な刺戟を認めるのは難しい。家に帰りたがる人の気持ちがようやくわかった。自分はどこにいても休まらなかった。帰りたいと思えなかったことを、今は哀れに思う。
:結局のところ、満足に感覚を知ることはないのだろう。誰かから、あなたが生きていることが必要だとは言われない。そして自分もまた、誰かにあなたが生きていることが必要だと言うことはない。念入りに想いを込めたとしても人は応えない。かといって自分が自然のままに振る舞うと、留まることすらない。むしろ拒絶を示す。あらゆる反応に虚しくなる。人と共にいるには過剰な努力が必要とされていて、自分には充分な素材がない。
:それでも与えようとした。
:私が拒絶した人は、自分よりずっと上手に縁を結ぶことができる人だった。
:まるで自分とそっくりという、似ていることを喜ぶ気持ちというのは、胎内でこねくり回される前の片割れを見つけた喜びからだろうか。
:存在することに全ての価値があるわけではない。
:大事に集めたその言葉を、顔面に札として貼っておけ。他人の言葉の威を借るならば、何を言うより理解されて、さぞや気分がいいだろう。
:局地の了見。悪意や醜態の塊というのは、書かずとも顔を上げればパノラマに広がっている。無尽蔵に湧くので、背を向けたとて回り込んでくる。
:気が晴れず億劫で、気配が煩わしい。かなしみの印象が、人の目を一瞬でも掠めるのはむごいことだ。
:片方は善悪の審議、もう片方は美醜の審議。人の話など聞きやしない。
:偽りにしか存在しない幸福が世には多すぎる。
:感情が揺り動かされたからといって、尊いものに出会ったとは限らない。人から発された感情に特別な思い入れを抱きたくなるのは、自分が捧げた感情の分だけ報いがほしいと思うからだ。
:依存を減らし、他人から労力を搾取しないようにしたい。そんなことを言っている間に、金を払って寄りかかったほうが世の中はよい顔をする。
:眠れない。かといってものを考えられるほど覚醒もしていない。横たわっているだけだ。どこにも向かいようがない。
:眠っているあいだに呼吸が荒くなる。苦しさに目が覚めると、口元が覆われていた。包み込まれることは不快だ。
:何を見て、感じ、考えたか、話さないように努める。天気の話と同じくらいに、気軽にこぼしてみた時期もあったが、天気の話と違って、自分自身が削れただけに思われた。
:どのような感情も不快な思い出にしてしまう。なにげない一言が、耳に引っかかる。明瞭に言葉が意味を示さなければ、たとえ声色から真意が汲み取れようとも、無視という選択肢に自由が残っている。
:さびしいから友人を求めたのか、人から後ろ指をさされるから友人を求めて苦心していたのか、判断がつかない。友人がいないと見なされると、不快な状況に追いやられると刷り込まれていた。
:友人には、より友人らしい友人がおり、その人を友と呼ぶだろう。
:縁は繋がっても切られるもので、築く情はもろく、壊れても気付かれず、元々存在しなかったことになる。人伝に聞いた話や、創られた話の中で語られる情によると、そうならないようだが。
:真の……とは、誰かの願望か、祈りであって、現実には……。
:弱った姿を見せるなら、ますます人は寄り付かないうえに、お情けの言葉をかけてくることもなくなる。
:友情や信頼は素晴らしいと主張していれば、この世では無害と見なされ生きやすくなる。
:脈を打つことで生きている。人はリズムから切り離せない存在だ。そのような身体から発される言葉にもリズムがある。
:躍動を全身に刻む血が血潮と呼ばれるとき、波の連なりは人の形をなぞる。
:自分に秘密があると安心する。他人に自分の姿を都合よく妄想していてもらったほうが、煙にまけてよい。誰にも知るきっかけを与えずに人生を綴じよう。
:自分の好みは人の不快で、人の好みは自分の不快だ。これをあえて指摘しないのは共存のためのやさしさだ。言わないけれども、嫌いならば嫌いと思ってよい。誰かに配慮して溜め込んだ嫌悪に潰されるなど馬鹿らしい。嫌いだと感じることは否定されてはいけない。
:自分ができることは、人が幸せでいられるために身を引き、立場をわきまえ、距離を保つことだと思っている。他の人はともかく、自分は特別にそうする必要がある。
:どうしたらこれ以上、不愉快な存在にならずにいられるだろう。
:不快の塊のような人がいる。魅力はなく、見たくもないものが詰まった人だ。それでもその人を宝だと心から大切にする人がいるので、自分は遠慮なくその塊を葬り去ってよい、ということが嬉しい。
:侮辱の言葉は自身の姿が見るに耐えないことを自覚させるのに必要なものだった。
:すぐれた能力も何もない。本来なら言葉を覚える前に淘汰されるはずだった。
:たのしげにふるまうことはできる。たのしいと表現することをやめたら、二度とたのしさを表せなくなる気がする。笑顔が快さではなく、威嚇の意味しかもたなくなってしまう。
:自己から離れる。発される感覚から離れる。後頭部の高い位置から背後にかけて膨張し、境目がやがて濁り、鳥瞰のイマージュが存在を見つけられなくなる。
:どこにもいなくなってしまいたい。
:小さな嘘、たわいもない嘘を重ねる人を目の前にしたとき、自分の中にその人へ寄せる信頼が微塵もないことを笑いそうになる。表向きは滞りなく会話をし、無下にせず、にこやかに接する。だが笑顔の裏で、その人の私生活で困ったことがあっても、決して自分は心を痛めることがないと確信している。自分はこの人に向き合わない。知ってか知らずか、その人もそこそこの笑顔をこちらに見せる。醜悪な絵面だ。
:どこでなくしたか不明で、気がついたら手元になかったもの。ハンカチーフ、切符、ディナーナイフ。
:請うより与えよ、という。与えられたことのないものは与え方もわからない。与えている人を模倣して、そのうちに縒り集めた糸屑が、それらしくまとまることがあっても、形になることはない。だから、かなしい。
:身を引くことは卑怯か。居なければ臆病か。遠くから眺めていることを望むのは、人をないがしろにすることになるのだろうか。
:大勢の人が見つめていた。自分もそのうちのひとりだった。あちらとこちらで隔てられていた。あちらの人は「あなた達と、わたしは一緒です」と言うが、違う。一緒ではない。あちらの人々は一緒だと言わざるをえない。自分が、寄り添われる感覚を受け取れる人であったなら、その言葉であちらの人に親しみを覚えただろう。表情に靄がかかる。目が繊細に輝く。そうして見える、一抹のむなしさ。届きようがないと知っている目。沈黙を選ばずにいる。代償に抱えた、いくらかの諦め。世の全てが美しいわけではない。愛と思ったものが自分に傷をつくらせる。それを幸せだ、という。
:ただの精神的な依存先をまだ探していた。自分でどうにかしていかなければ理想は到底達せない状態であったにも関わらず、満たされようと行動したとき、自分自身を見放した。自分は遠くへいってしまった。二度と笑顔を見せないだろう。
:最も身近なところに虚偽、憎悪、加虐が常にある。耐えるだけで精一杯で、物語という身の回り以外で繰り広げられている非現実的な関係に心を割けない。関係の先にあるものを既に見ているため、関わりを肯定する行為を称賛しようと思えない。
:平凡ならば誰にも害を与えずに済むのだから、受け入れられるべきとでも思っていたか。
:この道で地獄をみていない。打ちのめされていない。受け入れられたことも、拒絶されたこともない。
:ふとした瞬間に感じる虚しさから、どう気を逸らしていられるか、戸惑う。この虚しさをじっと見つめても、浮かぶのは無為と幕引きばかりだ。生きるには、ある部分の感覚を鈍らせておく必要がある。
:流れてゆく思いを文字にする。誰もが持ち合わせている散漫な注意を、その逸れた流れを繋ぐ。書き留めると、景色は簡略、抽象化される。正確に伝えようとすると、装飾が煩い。
:隣にいるのが自分であればよい、そうあるべきだと考えていた。徐々に、自分の隣にいるのがどうしてこの人でなければならないのか、と疑問に変わっていった。望めば、触れようとしなくなる。本心を隠して、人が心地よいものだけを差し出したらよいのか。結局それが人から好かれる道か。好かれて嫌な気はしない。ただ、ずっとさびしい。人に寄り添おうと思う。けれども自分には誰がいるのか。たくさんの人がいてくれた。わかっている。それでもたまに、感じられなくなってしまうのだ。虚しさが自分の背後に立っている。
:痛ましくもさびしさを語り、自分達や周りにいる人を愛するように、と繰り返し言い続けている人がいる。何年経っても相変わらず、愛を感じにくいと言う。今まさにさびしいばかりでいる人への労りかもしれない。全ての人が満たされることはなく、さびしい人を置き去りにしないように、常にそう言い続けているのかもしれない。だが、その人の本当の現実はどうなのだ。さびしさに変わりはないのか。誰より、その人自身が十年、二十年と本当にずっとさびしいのか。少しは笑うときもあっただろう。ああよかった今だけは、と束の間の昂揚に身を任せられるときもあったのではないか。それでも、言えど示せど繰り返せども手応えがなく、さびしさを抱えたままなのかもしれない。その人のやさしい言葉を搾取していることに、誰が気付いただろう。何人が親愛のしるしを無責任に眼差しにこめたことか。だがそんなことは大したことではなかった。その人は報いた。さびしいと言えない姿で以て。
:伝えたかったことを忘れてしまった。たくさんの言葉をもっているはずだった。それこそ溢れんばかりに。今はそれが伝えたいことだったのかさえあやしい。
:何も感じないように努力している。どうしようもなく胸が塞ぎこんでかなしい。理由もなく、苦しく、耐えられないような気がする。自分はいつのまに、このように軟弱になったのだろう。二週間前か、一ヶ月前か。もっと前からだ。もう何年も塞ぎ込んで、それが普通になってしまった、そして普通からいよいよ異常へ身を崩しかけている。異常があらわになるときは、もう異常を重ねて跨いでいる。だから誰にも、本当の異常、最初のかなしみは知られることはない。隠されたままだ。
:大切な話は最も聞くべき人の耳に届くことはない。たとえその耳を掠めたとして響かない。
:いつまでも自己は統一されない。そもそも人は、統一された生きものではない。
:初めて会ったときに孤独な暮らしを望んでいるようだったので、てっきりそれが叶うよう人を避けて暮らす工夫をしているのかと思ったが、その人は全くその逆で、人に囲まれていないと生きられない愛すべき人のようだ。その人は人と関わることを求めているし、生活に没頭しているように見えた。毎日、たのしいだろうか。出会い頭に人を騙して、いくらか気分が落ち着いただろうか。
:書かれず、表現されなかったものに傾く。
:言葉を誰に向けて発しているのだろう。個人ではないのか。全体へ向かっているのか。その言葉は最後には自分へ向けたものか。矢印が内を指していると察知する人がいる。しない人もいる。察知したとしても、言葉に心を寄せて騙されていようとする人がいる。言葉を受け取るまでは、等しくやさしい振る舞いだった。
:自分が最も親しく、そして相手もまた自分と最も親しい。重要な折には、常に求め合う関係だと思っていた。しかし実際には違った。自分の相手だったはずのその人は、場における合理的な、時間短縮のためという理由で離れてゆき、別の人を選んだ。断りなく他の人の手を取った。自分は怒った。その人は困惑していた。そのときから自分は、その人と懇意でいられなくなった。ゆっくりと距離をとり、裏切り者に冷たくあたった。人を大事にしないから、あなたは冷たくされるのだと伝えているつもりでいた。その人がすがりついてくるはずもなく、縁は細り、やがて音もなく切れた。自分が味わっただけの痛みを思い知らせたいと思っても意味はない。自分は常にさびしく、だからこそ、その人に並々ならぬ感情を抱いていた。一方的だった。別れは、その人からすれば痛くも痒くもない。別の人と心地よい関係をたのしむだけだ。
:何かを言っても、あまり他の人には聞こえないようだ。複数で話す場合は特にそうだ。話を断ち切られたり、被せられたり、なかったことにされたりする。それなのに、しばらく経つと以前に自分が声にしたことが、今まで誰も口にしなかった新しい話のように会話にのぼる。自分ではない別の人が発言すると、人の耳に聞こえるようになっている。
:考えていることを言葉にしたら、人として扱われなくなると、なぜか思っている。
:人々からつまはじきにされたら、生きづらいことを知っている。故に、希望を通すことに躊躇う。心に思っていることを口に出せない。表現ができない。涙はない。自分を知っている人に、実は別のことを考えていると言えない。知らない人には、知らないままでいてほしい。
:話をしたこと、自分を明かしたことは失敗だった。天真爛漫な愚か者ではいられない。
:恋と愛。いくらか自分に似た者への関心、つまりは自分への愛と関心。自分に対する別の解釈への期待。
:自分が関与している幸福が描けない。理想とする幸福に自分は存在せず、ただ人が安穏に暮らしている。自分が知らない人同士の出会いで、生が彩られている。思うにこれは、無責任な愛情だ。これ以上に差し出せるものがない。自分は幸福に組み込まれていない。
:愛というのは関わり方の同意を得て継続すること。愛しあうというのは方向を見定めること。愛は、その名のもとに、人を蹂躙する。
:たのしませる気は微塵もない。もし面白いと感じるならばそれは意図しなかったことだ。
:その感情は偽物だ。相手と同じ感情を共有しているのではなく、あくまでも似た感情が自身の内から湧いているだけである。線引きをすることだ。人は同一どころか延長にもなれやしない。
:理がないと好かないのではなくて、好いているから理を見つけ、通そうとする。本当に好いているのかと問う。無粋だが、思い巡らせることは並々ならぬ関心のあらわれであり、真摯に向き合おうとしている心持ちで、愛情そのものだ。
:もし理が未だわからずにいるか、あるいは今まで並べた理が相手から失われてしまったと結論づけたら、かの人を慕わなくなるだろうか。そうはならないと言いたいが、しかし。変わってしまった人を、なおも愛していられるのは、過去に得た余剰と、あてのない未来の前借りのためにすぎない。
:耳に心地よい言葉は、どのような形であれ人を傷つける。
:それがなんたるかを理解する者同士の間でしか交わされないものがある。
:信じると同時に存在しないものと思う。
:自分の手を、生きて素晴らしく本物だろうと思い込んだのが不幸だった。
:よかれと思っているその態度が、人をいかに踏み躙っているか、なぜ気付かないのか。人を尊重すると言っていたが、実際にとった行動はその逆だ。相変わらず、人にだけ自分を受け入れることを要求し、本当はこうしたかっただの、こうあるべきだのと言って、一度も人の希望を聞き入れない。今まで片方が限界を越えるまで許容してきたことで、共にいる形をとれていたのだ。全ては片方の寛容さからだった。甘やかされて、分不相応な愛情を強要し搾取してきた。与えうる愛情は底をつき、二度と姿をみせることはない。そのことにいつまでも気付かない。
:素直さが覆われている状態が、生きてゆくことに繋がってゆくこともある。笑い声はつくることができる。涙も同じ。そのままの姿でいると、そよ風で身が裂ける。
:感覚を働かせる場を選ぶ。ときに嘘をつくことだ。自分に嘘をついて、宥めすかす。人にも嘘をついて、やさしさを示す。そうやって朽ちることも、美しい。
:喜び勇んで招待を受けた人々は、皆、どす黒い面で帰路につく。別れ際にその目に浮かべているのは、憐れみ、同情、拒絶。こんな人だとは思わなかった、もし最初から知っていたら来ようとはしなかったのに、この人はどこかがおかしい、これ以上は刺戟をしないようにして、早く距離をとらなければならない、自分の身の安全のために。
:何人も招いた。いつかは誰かが見誤らずに留まってくれる。それか、同志が見つかる。求められるより先に心を開く。無防備に。だから人は怖がるのかもしれない。自分も人が同じようなことを求めてきたら、最初は応えることを渋るだろうに。
:どこが愛だというのだ。源があると勘違いされている。愛ではないのに、人はこれを愛という。真実を塗り替えるために、声だけがもっともらしく響く。
:さびしげな人に、簡素な言葉をかける。どのような言葉も無駄になる気がする。どれくらい言葉を重ねれば、その人の苦痛をやわらげられるのだろう。言葉よりも強力な手段がいくつかある中で、どれくらい言葉に時間をかけたら、伝わるだろう。自分の言葉は軽薄で、時間がかかりすぎる。かといって、強引なやり方もできない。一言を積むよりも、よほど癒やしになる方法がある。知っていても、それは自分の役ではない。さしでがましいだろうが、助けになれたらいいと思っている。
:茨の美観を損なわずに、通る道だけを整える方法を延々と探している。
:笑顔。人びとの恐ろしい表情のひとつ。自分も笑顔を返す。そうして一瞬一瞬を潰すように過ごす。
:人の世で生きることは、なんと嫌なものだろう。楽しいこともあった。嬉しくて笑ったことも、情けに胸を詰まらせたこともあった。それでも根の方では生きることを肯定できずにいた。自分が生きているから肯定しようと努めてきた。そうしなければ、あまりに哀れではないか。
:生まれて苦しめと前人から吹っ掛けられたことに変わりはない。自分を生かしたのも前人だが、惨い人達だと思う。人の声を聞かない人達だ。そんな人々に囲まれて育った自分も、人の声を聞けない。
:卑怯だった。目の前の人に「考えた順番の通りに、そのまま伝えたのなら、後は受け取った相手が考えるのだから、恐れることはない」とよくも軽く言えたものだ。人には「話せ」と促すのに、いざ自分が話す手番になったら口を閉ざす。言い淀んで、疲れきって、結局伝えることをやめる。諦めてしまう。
:これは敗走だろうか。それとも、今までにとったことのない賢明な判断だろうか。
:人々は、自分が相手をしている者もまた人である、と共同の夢を見ている。
:あの後ろ姿は、誰も寄り沿う人のいない背中だった。ある一面は、とても幸せそうに見えた。
:後日に知った。幸せそうに見えたあの姿は、装っていたのではなく、既に幸せを手に入れていた姿だった。あれはやはり、本物の一面だった。
:じぶん、自分と書き連ねた。このような考えに、私はいつも適当に飽きる。この度も、そろそろ全てを断ち切り、幸せそうにしていようと思う。
偽物の伝聞
【オオスカシ】
屁の昆虫表現。
【Palm measure】
ものさしの樹の化石。
【生物の秩序化】
徐々に他個体と統一されていくこと。
【西極観測隊の行方不明事件】
九〇年の刻限に発生した未解決事件。
有史から派遣されていた西極観測隊と連絡が途絶え、観測隊隊員はミレニアムを過ぎるも消息不明。ついに西極に辿り着いたと仮説が立てられ、証明のために新たに東極観測隊が設置された。
【形骸卵】
中身である雛鳥が肉薄された体を得ないまま骨だけ肥大する卵。地球の中東あたりに生息する鳥類が、渓谷の岩壁の隙間に営巣し、通常の卵と共に形骸卵を産む。形骸卵は孵化することがない。形骸卵はやがて親鳥が踏み潰し、中の骨ごと粉々にしてしまう。粉砕された殻と骨粉は巣の中に混ぜ込まれ、そこから植物が発芽し根を伸ばすようになる。根を壁に張り巡らさせることで、巣を壁面に安定させているという説がある。
【キャンドルポーチ】
人類の腰骨あたりにあるくぼみのこと。
【横回転式観覧車の記念絵葉書】
マーガレットが配っている絵葉書。
鳥の飛ぶ高度で人が三角錐のタワーの骨格部分に腰掛けて談笑している。描かれた人間の笑顔は楽しさよりも恐怖によるところが大きい。
【風船が膨らんでいられる理由】
膨らませた時にてっぺんがある為。
【聖霊指定都市】
精神的拠り所を可視化した都市のこと。
何者でも訪れることは可能だが、人は住むことができない。
【マットウクジラ】
その節はお世話になりました。
【セルドルチェ】
粒アイスのフレーバーラベル「人間」を指す。
【オボロガラマセリ】
浅瀬の海底に繁殖する蝶。
【ザピオパシー】
井戸端会議で中年の女性が感じ取るシンパシーのこと。
【骨離れ】
人間の骨で他の骨と分離されているのは、肩甲骨の他に頬骨である。
「宙に浮いたような存在」の意。
【はぐれ骨】
あるような、ないような骨。極めて孤独。
【ココガ】
蛾。赤茶色の鱗粉がまぶされた個体の総称。
【アメツムリ】
巻飴を背負っている。高温多湿の環境で溶け広がる。
【ゴショウアリ】
アメツムリを砕いて巣に持ち帰ろうと行列を成す生きもの。
【もぬき】
野生のミニマリスト。毛深く獣臭い特徴をもつ。
【スペースクリーニング】
1、宇宙動物の駆除。
2、薬。
3、霧を晴らすこと。
【のち袋】
うなぎの辛煮。ぬた袋。
【頭突きをする】
慣用句。「ありもしないものを差し出す」の意。
【銀緑素】
すずらんの萼にある細胞。
【ブランコを漕ぐ】
劇中に頻出する表現形式の一種で、セックスの隠喩。
【環状深林路線】
鉄道路線。終点以外の駅は霧がかかっている。
乗る人はいるが降りる人は滅多にいない。
乗客は電車に揺られ、いつか何度も通り過ぎた駅に降りる。
【無知の輪】
馬鹿ほど簡単に解ける知恵あそび。
【習慣的サリア】
瞬間の睡眠が可能となる健康方法。
【アスモアス】
1、as more as
2、明日も明日。
3、これからむす予定の苔。
【愛善神楽】
偽善者が踊る慈善舞い。
源流は不明。
【イカルド】
1、イカの修道士。
2、方言。怒りを表した言葉。
3、変調楕円形の刃物。主に医療器具として用いられる。
【キャベル】
よく喋るキャベツ。
【神果】
オボシ科の異肉植物。通常、四〜七玉のすずなりに実る。
有毒。遠目で神果を認識せずとも中毒症状を引き起こすことがある。症状は幻覚、四肢脱力、多幸感など。
【アエオン】
発音方法のこと。
【コクレープ】
横浜インド織りの布のうち、厚みが0.5ミリオン以下のもの。
【ギョ蘇】
魚の煮汁の澱。
【ランダムセパレート】
(人・時間・心などを)乱切りにする。
【シャーベットマルキス】
アラザンと凍らせた電気栽培花を飾ったアイスクリームシャーベット。暗闇で光る。
【ヨシトンボ】
尻切れがちに止めておこうという号令。
【ガンジャン】
荻窪のラーメン屋で使われている秘伝の香辛料。ガンガンジャンジャンかけなさい。
【ロスコン】
ロスト-コンプレックスの略。
【かもんじる】
におうものとして大切に扱う。
【眼塩】
かつて人間が流していたといわれる涙から精製していた塩。
精製方法はロストテクノロジーである。
【モモリンガル】
卑猥な言葉を卑猥に置き換える能力。
【X-トラベルタグ】
洗濯表示。旅はX年を限度とする。
【ヨト】
空からゆっくりおりてくる役。
【信頼方法の教え】
一、このひと(兄)についていくのだと心の芯から思うこと。
一、前のめりの姿勢で、肩の力は抜きます。
一、目は開けていても閉じていても、どちらでも構いません。
【セピナストロイ=メイ】
哺乳網渦目ノウモ科ウモ属に分類される動物。
捕獲の記録はなく、体長は目視で1.5〜3m程度。体重は不明。
短い首とくぼんだ顔面をもつ。曲がった2本の角が顔面の両脇に生えている。黒く長い毛で覆われており、短い四肢で木の幹を登る姿が目撃されている。樹や鳥居などの上でじっとしていることが多く、くぼんだ顔面から粘性の液を垂らす。
【握把尾】
あはび。
合掌を用いて捕る。
握把尾が自ら這って対象にくっ付いたとき、その対象の「願いを叶えよう」としているのだと謂われている。はがすには骨を折る。願いが叶えられると自然と剥離するが、その場合、食用には適さない。
【ネロット】
粘性をあらわす単位。
【伝葉】
複数の枝に茂った葉が風などで一斉に揺れること。
【崖鏡】
谷のこと。合わせの場合、理論上は底がない。
【奇数教会】
偶数教会の隣にある。
【ホイールネック】
反抗期の人の首に掛ける布製の前掛け。
【フインベル】
虹の彼方まで響くハンドベル。
【楽園のゾンビ】
精神と肉体が孤立した状態のこと。
【ヘラズカポップ】
米に混ぜるまじない用穀物の品種。
【ハーミシアン】
音楽を奏でる穴だらけの者。無風状態では意思の疎通ができない。
【Libro de la Meta】
最も高次にある書籍のうちのひとつ。誰が読んでいるのか不明。
この本についての説明は信用ならない。そしてまたこの説明も信用ならない。
【エールクロスパネル/エールクロスラグ】
部屋の中央に敷く十字の敷物。
【ままま】
さんま。
「ま」は魚を食い尽くした骨を並べた形からできた象形文字である。
【等倍拡縮運輸スケール】
モノをモノのまま、生命を生命のままに運輸するための尺度。
【Numtivaival】
数式による筆話。
例文)
√3=∂78/3?
57+138=±8∵777
【ヱナ】
=イナ/異な
【ハロウ地区】
封鎖区域の最前線。1899年、滞留状態であった地区に人間が侵入したことで勃興。156年後に沈黙した。現在はSERにより低圧閉鎖棟として管理されている。
【コットン3.35-9521】
デフォルト仕様。
安価で耐久性に優れており、主に欠けた歯を補修し、顎を重くすることに用いられる。
【ラスツベリー】
①ハヴァ科の落葉低木。果実は青・淡紅・暗紅色などで香りが高い。生食に向く。ジャムや香料にも使われるが、生食以外での摂取および塗布は精神に著しい損傷を与える可能性がある。
②ユニコーンの間で用いられる俚言。初恋の意。「わたしはラスツベリーを摘み、口に合わなかった」
【配子印】
黒点。体毛のない生物の上肢内側部位にまれに出現する。この印がある者は検索*されることを忌避し、流れ星のごとく消える傾向があるといわれている。
*書物などのデータから必要な事柄を探し出すこと
【ハリカマクリの枠外手法】
三色で描かれたある一枚の絵において、三色のうち一色を作品内に描かない方法。
【マガリナリコア】
とぐろを巻く核心。
【シルヴァン・エコー】
樹間の奥深くから響くとされる、声の残響。
自然と精神の調和を象徴する現象。あるいは、木および動物の鳴き声の偶然の反響。
【宙魚】
雨が降っている間に空中を泳ぐ魚類。
〈句項目〉宙魚の海
【トウテジ】
ナラヤマ説話に登場する怪物。
サイバの道に佇み、道を通るものを目で追う。振り返ったものに付いていく。
【空喰の会】
くうくのかい。
虚無の同盟。
【人魚の天日干し】
才を無下にすること。
【三脚目】
意外な一面。0以上2以下の脚をもつ生きものに使う比喩。
【絶滅安堵種】
都合のよい正義のための分類のひとつ。
【影断ち】
三次元から次元を移り変わること。
【帚星申告書】
夜空を横切る際に提出する書類。
【アンチドール】
生物を象った造形物に命を導入することを促進しようとする主張。
【六辻】
日の陰る角度によって無数の方向へと現れる交差点。
【ダウナーラード】
近代における呼気の保湿剤。人間はオトガイ唇溝に刷り込むようにして使っていた。
【甘言自在の説話】
ある街に旅行者が立ち寄った。旅行者は黒い塊を連れていた。人々は黒い塊を不思議そうに見た。旅行者の背丈の何倍もある黒い塊は、旅行者に静かにつき従い、通った道に黒い筋を残した。旅行者は近寄ってきた人々を追い払おうとした。しかし、人々はしつこく付き纏った。旅行者は黒い塊の一部を刃物で削り、人々に投げつけて言った。
「それは喜びの味がする。喜びを喰らってきたので、そのような味となった。もう私についてきてはいけない。喜びはお前達と共にある」
投げられた黒い塊を、人々は舐め、堪能した。これが喜びの味かと夢中になり、やがてその街は黒い廃墟となった。
(誤集「東岸陣」より)
【ウワヒゴ】
口蓋からのびる紐状の感覚器官。
口腔内にあるものを撫でまわし、咀嚼の補助や口内の衛生を保つ。
【浪漫擬態】
迫真で行う求愛行動。
【娑婆婚】
生者同士を疑似的に結婚させることで、特に魂を持たずに生きる人の肉体を繋ぐことが目的とされる慣習。
【ウージャ】
鵜飼の民。非常に長命で、死して尚、鵜飼でありつづけるといわれている。
【小根】
極めて小さい根。
【中根】
そこそこの根。
【大根】
とびぬけて大きい根。
【霊炭石】
旧岐阜街道で採掘された石で、崖など岩肌に露出したものは夜間に青白く光る。また、衝撃に弱く、砕け散る様は霧のようである。
【曜日いらず】
時間の断続性を復古するための薬剤。
【報路】
往路と復路をまとめた呼び方。特に道程の記録が前提である際に使われる。
【ガリグレオ】
ねじれたガリ(生姜を茹で、甘酢漬けにした薄片)
【メテオロジカリスト】
多弁な者を揶揄していう。
【デイズ・トナー】
日複写粉。日々の再現をするための粉。
【ぽいズ】
それっぽい(=似て異なる)複数のものを指すスラング。
【ダダ草】
だだそう。ディレッタントの脳に生える寄生植物。
【オーオー】
人渦の中心に沈んで絶命した。断末魔の叫びとされる音から名付けられた。
【余視】
その生物の眼球の構造上、本来ならば見えることのないはずのものが網膜上の一点に集まる状態。
【雷柳】
ライヨウ。灰色の樹皮と、下方に垂れた静電質の青い葉をもつ植物。
【微揺音】
音になりかけている波長。
【風進足達】
(風があれば足をも運ぶ、の意)
他人まかせにすること。
【被覆生物】
伸縮性のある皮で覆われた生物の総称。
↔露出生物
【絢爛害】
物質・非物質を問わず、あらゆるもの・ことの過剰が主因となって感覚が麻痺すること。
【テンチャン】
おいしい炒飯。
【スットコロバシ】
呆気者が渡るとされている橋。
【兆菓】
幸先がよいことを願って食される、まじないの嗜好品。
【ベック】
隣町の住人が作る焼き菓子。
【他己効果】
客観的分析能力を鍛えることで期待される増肢現象のこと。
【以下効果】
予想されるあらゆる事象の可能性を低く見積もることで肢を実際に減らす生理的な現象のこと。
【プライベートカーニバル】
本人にとってこの上なく楽しいこと。
【ヤーシャーヒル】
ベランダに積もった腐葉土を掘り起こすと這い出てくる全身に触手のある芋虫。三百グラムのサツマイモほどの大きさ。
【海額】
海原を写す額縁。描かれた波浪によって取扱資格が必要とされる。
【来問の眼】
ドナテラは長い房の尻尾を床に叩きつけ、大きな単眼で女を睨んだ。
あからさまな威嚇だった。
女は懐から丸いものを取り出した。灰色の虹彩をした目玉だった。
「ご覧。お前の森に棲んでいた衛士の片眼だよ」
と女は言った。ドナテラは目玉を見た。ドナテラは涙を流した。ドナテラの単眼は涙と共にみるみる溶けて流れ、眼孔があらわになった。
「それでも見なくてはならない」
と女がドナテラの眼孔に目玉を嵌めると、ドナテラは絶命した。その死骸から凍える冷気が流れ出し、冬となった。衛士の片眼はドナテラの姿で、対の眼と故郷を探している。
【縦列目】
隙間を覗く習性がある。周辺視野が狭いため、比較的簡単に捕まえることができる。
【帰還師】
全ての場所が彼らの故郷である。
【めしや】
胃袋の救世主。
【千容照る】
ちようてる。朝焼けの別名。
【非合法睡眠の改案】
一般に、許可なく睡眠による時間の裁断を行ってはならないとされていたが、生存に反するとして法で自由を定めた。
【肌剥き】
ももの皮を剥くこと。
【もも】
赤みがかった柔らかい物体で、よく動く。
【ガラリア】
円座に並べた石柱の円周内で観測されるもの。
【鯛の口呼吸】
すぐにバレるような嘘をつくこと。特に、誇張した発言を指していう。
【ルル・オゥヌ】
庇護される支配者。
【枠散】
(名)スル。火葬に処すこと。
【永航】
死後の旅。
【臨業】
りんぎょう。正規の観測を含める覗きに師事する。
【差違次基盤】
齟齬・格差・違和があることを前提としているが、表向きは齟齬・格差・違和がないとして設けている基準。
【亞稿】
あこう。転記されなかった原稿。
【ニホヲ】
西から到達する場所。二方向。
【蛮財】
一般に愚か・暴虐と評価される行為を積み重ねること。蛮財を成す。
【おってけてい】
①現象を呼び止める声掛け。
②怪異。
③行動が遅いこと。
【イーゼルボーター】
生物の体を構築する主要な輪郭の曲線と直線
【ギーによる冷冠書】
「海を統べるのも並大抵のことではないというのに、陸に上がろうというのですか」
とメイゼンは言った。これにワタリは
「統べることは世の安泰ではない。絶えず異界に向かいなさい。家を定め、家を壊し、身を枯らすことを知って、満ち足りなさい」
と答えた。
メイゼンは足を動かさなかった。頷いてワタリを見送った。
ワタリを追って、無数の者がその水を離れた。彼らは各々が網にかかり、天に連れ去られ、焦げ、前身のワタリの姿を見ることなく点々と水跡を残した。
【牛盛り】
大盛りの誇張表現。
関連語→豚盛り・子盛り
【仰視像】
庭園の中央に据えられる像の名称。
多くは天を仰ぐ人物像で、以下の説話が由来とされている。
『建てたばかりの柱に巨人が寄りかかったので、棟梁は慌てた。
巨人の足下で、身振り手振りでその柱から離れるようわめく。
巨人は棟梁を見下ろし、棟梁が何かを伝えようとしていることを察した。
既に柱は傾き、地を抉っていた。巨人は棟梁の意図を承知した。
横並びに建っていた柱は次々に地から引き抜かれ、棟梁の周りに円形に並べられた。
棟梁は絶句し、その場にへたり込んだ。その光景を眺め、呆然としているうちに草花が繁茂した。
巨人は度々、西の空から円陣を覗く。棟梁は、いつまでもその巨人を見上げつづけている。』
【えずらべ】
嚢植物の口を絞り、袋として加工したもの。
(唄)えずらべ提げて火の海を、数多の御仁がきりきりす
【霊勢】
霊体の滲出する程度のこと。
【うなりヶ丘】
声のような音が絶えない丘。巨大な生物や遮蔽物、天の影響であることが多いが、解明されていない土地を指す。先に住むものがいるとして、居住地としては避けられる傾向にある。
【四周徒】
シシュウド。四肢をもち、四辻に棲む。
【エーマ】
自身と対になる生命。
【小骨叩き】
つまらないことに拘泥してさも一大事であるかのように振る舞うこと。
【ダイニ】
名無しの嬰児。
【オジロレマン】
白杢糖に似せた菓子。
【アジテム模様】
あらかじめ欠落が意図された模様図。
僅かな痕跡を残すことから、開拓者の象徴とされる。
【烈素】
揮発性の性格のうち、残留しないもの。
【無形有害図書】
呪文の異名。
【モグラの鉦叩き】
不向きなこと。
【ねんねこさん】
空き家にて行方不知らずとなった者に面会するための場所。
ねんねこさんから連れて帰った場合、もとの者から乖離するため推奨されない。
【テンドドン】
並べた茶碗から顔を出す小動物。
【誤結】
妥当性のない過程を辿った真理。
【ケラビティ】
①跳ぶ・泳ぐ・走る・掘る力。
②重力に従うこと。例:覆水はケラビティが優位である。
③深度の単位。kvt。
【ハモンストラティウス】
輪状の楽器。弓を輪に通し、円を描くように回して演奏する。
円心波状演奏器。
【フウガ・ムネチカ】
[生誕不明]木彫りの作家。半人半獣の塑像を数多く残した。均等時代における人類の立場への不信と賞賛を曲線的な造形で表現した。「竹馬の友」を発表したことで、ヒトに襲われ死亡した。
【失踪語彙】
自我をもって人類の前から姿を消した言葉のこと。字引不可。